労務相談
2022.10.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.11 身元保証人への損害賠償請求はどこまで可能か


Question

今年入社した大学卒の営業社員が社有車を利用中に自損事故(携帯電話をしながらのよそ見運転による事故)を起こしてしまい、社有車等の修理代金に60万円ほどかかる見込みです。社員本人には弁済能力が無いため、身元保証人に対し損害額を請求しようと思いますが、どこまで可能でしょうか。

Answer

当該社員に道路交通法違反などの重大な過失がある場合には求償可能ですが、求償できる場合でも損害額全額を求めることは酷であり、損害額の25%程度が妥当だといえます。なお、身元保証人に求償するためには、身元保証書に保証の限度額を明示しておく必要があります。

1. はじめに

近年は入社時に身元保証書を提出させる企業が少なくなっている印象ですが、不動産業や金融業などでは、現状でも身元保証書を提出させることが多いものと思われます。数年前には、身元保証ニ関スル法律(以下、身元保証法)の改正もありましたので、実務上の留意点等について解説します。

2. 身元保証の目的

身元保証契約とは、会社と従業員の身元保証人との間で締結する契約となりますが、その目的は大きく2つあるといえます。1つは、従業員自身の人物(身分、人柄、経歴等)に対する保証人としてのお墨付きを与えるものであり、もう1つは、従業員の行為によって会社が被る損害額を身元保証人が賠償することを約束するものです。

3. 身元保証期間の上限

身元保証期間については、原則、成立日より3年間とされていますが、期間を定めることも可能であり、その場合には最長5年となります(身元保証法第1・2条)。有効期間が定められていない身元保証書については3年となりますが、自動更新は認められておりませんので、引き続き保証人を要するのであれば新たに作成・締結する必要があります。

4. 保証限度額の明示義務

従業員の行為により会社が被った損害額を保証人に賠償させることが身元保証書を作成する目的の1つとなりますが、2020年4月の改正民法により、賠償の極度額(上限額)を定めることが求められるようになり、極度額が明示されていないものは無効となります(民法465条の2)。

第465条の2(個人根保証契約の保証人の責任等)

一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。

5. 使用者の通知義務

身元保証法では、使用者に対し、次の事項を身元保証人に通知することを求めており、身元保証人は、当該通知を受けたとき、または通知内容の事実があったことを知ったときには、将来に向けて保証契約を解除することができるものとされています(身元保証法第3・4条)。

●被用者に業務上不適任または不誠実な事跡があって、このために身元保証人の責任の問題を引き起こすおそれがあることを知ったとき。
●被用者の任務または任地を変更し、このために身元保証人の責任を加えて重くし、またはその監督を困難にするとき。

さらに、裁判所による保証人の責任を制限する規定を設けており、次を考慮する事由として挙げています(身元保証法第5条)。

●被用者の監督に関する使用者の過失の有無
●身元保証人が身元保証をするに至った事由およびそれをするときにした注意の程度
●被用者の任務または身上の変化その他一切の事情

このように身元保証人に対し、使用者としての責務を果たしていることが前提にあり、当該責務を怠っている場合には、当然に保証人への損害額の請求ができなくなりますので、ご留意ください。

6. 求償の限度額

前方不注意により自動車の追突事故を起こして会社に損害を発生させた従業員に対し、どこまで損害賠償を請求できるのか争われた裁判(茨城石炭商事事件)では、「車両については、対人賠償責任保険、対物賠償責任保険、車両保険がありますが、それぞれ加入するかどうかは会社の判断により、従業員の意思で加入することはできません。会社が対物賠償責任保険や車両保険に加入していれば損害額を抑えられたこと、従業員の担当業務、給与、勤務成績、勤務態度、不注意の内容・程度などを考慮して、会社が従業員に請求できるのは、損害額の4分の1が限度である」としました。

当該裁判では具体的な金額について触れていませんが、近年の判例の傾向として、損害額の25%程度を従業員負担の上限とすべきものとされていますので、保証人に対しても同様であると考えます。

7. 本件への回答

従業員の運転に重大な過失があることから、身元保証人に対し求償できるものと考えますが、賠償額は修理代金の25%である15万円程度にすべきものと考えます。なお、同一社員が再度事故を起こすようであれば、2回目以降は求償割合を大きくしてもよいのではないでしょうか。

上述のとおり、身元保証書において賠償の極度額を明示するものとなりますが、あまり低い額だと損害額が十分に補填されず意味を成さないものとなります。一方で高額過ぎると保証人になる人が見つからないなど、極度額の設定に悩むところではありますが、前述した身元保証法第5条の裁判所による責任の制限事由などを考慮すれば、100万円を超過するような求償額はまれであり現実的ではありませんので、極度額を明示するとしても数十万円が妥当な極度額ではないでしょうか。

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野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所パートナー社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在はパートナー社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。