Vol.15 海外の市況と賃貸・売買・投資状況 タイ編②
タイの不動産投資マーケットの動向と特徴
個人投資家の方々が海外での不動産投資を検討する際、バンコクを中心としたタイは候補にのぼりやすい国の1つです。今回はタイ(バンコク)の不動産投資マーケットの動向や特徴についてご説明します。
1.不動産投資マーケットとしてのバンコクの特徴
バンコクは東南アジアの新興国の中で都市鉄道が最も発達している国の1つであり、今後も多くの新路線の開通が予定されています。駅周辺では商業施設などの利便施設が開発され、賃貸マーケットにおいても駅に近い物件は人気が高くなる傾向があります。また、不動産投資を検討する際に、どのような層をテナントとして想定するかは重要なポイントですが、タイではエリアごとの居住者層が比較的明確で想定賃料等のデータ収集も容易です。このようにバンコクではエリアの特色や発展の方向性が比較的把握しやすく、不動産投資家の人気が高い要因の1つとなっています。
2.バンコクのコンドミニアムマーケットの動向
研究所が実施している国際不動産価格賃料指数調査によると、2014年10月から2019年10月までの5年間において、マンション価格指数は約17.9%、マンション賃料指数は約11.5%上昇しています(図表1)。当該指数は調査対象地点の平均値であり、エリアによってはこれよりも上昇率が高いところもあります。また、2014年のクーデターの影響で、2015年と2016年の上昇率は緩やかであった一方、市況が回復した2017年と2018年は高い上昇率となっており、市況によって異なっています。直近(2019年10月)においては、2019年4月に施行された住宅ローンのLTV規制※の影響により、半年前からの価格変動率は0.5%と若干減速しています。
※LTVはLoan to Value(住宅資産価値に対するローンの比率)の略で、LTVの上限を定め、頭金払いを義務付けた規制。
図表2は、2019年10月時点においてバンコクを100とした場合の日本および東南アジア諸国の高級住宅の価格水準の比較です。バンコクは東南アジア諸国の中では最も価格が高いものの、東京・大阪との比較においては依然として割安であることがうかがえます。
3.独特の市場慣行
タイの住宅マーケットを理解するうえで重要な鍵となってくるものが、「ゲンガムライ」と呼ばれる竣工前の転売行為です。タイのコンドミニアム販売においては竣工前から「プレセール」(予約販売)を行うことが通常で、購入希望者はこの段階で契約を締結し、物件価格の1~2割程度を頭金等として竣工までに支払います。その後、竣工時に残代金を支払って決済し所有権を移転しますが、予約販売時の契約によって得た「購入する権利」は転売(リセール)することが認められています。コンドミニアムは竣工に向けて価格が上昇することが通常ですので、竣工までの間にこの権利に利ざやをのせて転売することで転売益を得ることが可能となります。これが「ゲンガムライ」と呼ばれる竣工前の転売行為で、転売に成功した場合には少ない自己資金で利益を得ることができます。一方、転売ができずに契約をキャンセルする場合には、支払った頭金等は没収となるため、「ゲンガムライ」を行う購入者はこのリスクを覚悟しなくてはなりません。また、自ら使用することを目的とした「実需」の購入者も、予約販売の段階で契約することは可能ですが、残代金決済のために住宅ローンの利用を予定している場合、ローン利用の可否は決済直前までわからないことが通常です。予約販売開始時点から竣工までは約1~2年かかり、その間に状況が変わることもあるため、金融機関は竣工直前までローンの諾否を決定しないのです。このため、決済直前になってローンが借りられないことが判明した場合に、契約キャンセルによって頭金等を没収されるリスクがあります。実需に基づく購入者は、このリスクを避けるために竣工直前に住宅ローンを申し込み、資金計画を確定させたうえで契約を締結することが多いようです。しかしこのタイミングでは、いい住戸は既に売れていることが多く、場合によっては「ゲンガムライ」によって転売されている住戸を購入することになります。逆に「ゲンガムライ」による購入者にとっては、こうした実需購入者が「出口」としての売却先となります。このため、表向きはプレセール段階で完売となったはずのプロジェクトが、実は購入者の大半が「ゲンガムライ」狙いの人々で、民間の不動産ウェブサイトではリセール物件として大量に売られていることもよくあります。
4.市場慣行を踏まえた投資戦略
このように、バンコクのマーケットにおいては人気の高い物件は実需に基づく購入希望者だけではなく、投資・投機的需要者からも注目が集まり、購入希望が集中する傾向があります。日本から投資する場合においても、投資クライテリア(投資基準)に合致した物件が見つかった場合には、プレセール開始後できるだけ早く予約販売の契約を締結することが必要で、迅速に意思決定をしなければなりません。
一方、投機的需要者による「ゲンガムライ」は常に成功するわけではありません。竣工前、引渡し(代金決済)が迫ってくると、思ったような値段で転売できなかった購入者が契約キャンセルを避けるべく、割安な価格で「投げ売り」をすることもありますので、このタイミングを待つのも1つの戦略です。
なお、「ゲンガムライ」自体は違法ではなく、日本からの投資家もこれに挑戦することは可能ですが、最近ではバンコクの日系仲介業者も積極的には勧めていないようです。理由としては、「ゲンガムライ」で利益を得るためには値上がりが見込める物件を見分ける「目利き力」や、プレセールスが始まった段階ですぐに契約をするフットワークの良さが必要ですが、現地にいない場合はこれらの点でハンディを負ってしまうためです。また、転売に失敗した場合には頭金等を放棄して契約をキャンセルするか、残代金を支払って決済するかの選択肢がありますが、外国人はタイで住宅ローンを利用することが難しいため、残代金を支払う自己資金がない場合には、頭金等の放棄による契約キャンセルしか選択肢はありません。転売がうまくいくかどうかはその時点での市場の動向にも大きく左右されるため、相応のリスクを伴います。
次回は日本人がバンコクで投資物件を購入する際に留意すべきことについて説明します。
武内 朋生
一般財団法人日本不動産研究所国際部参事。あさひ銀行(現りそな銀行)、公益財団法人国際金融情報センターを経て、当研究所入所。東東京支所(現東京事業部)、特定事業部、海外留学を経て現職。不動産鑑定士、MAI(米国不動産鑑定士)、不動産証券化協会認定マスター、シンガポール国立大学MBA(不動産専攻)。