新紙幣 〜驚きの技術と偉人伝〜


2004年以来、20年ぶりに新紙幣が登場。デザイン変更の最大の目的は偽造防止です。最先端3Dホログラムや緻密なすき入れなど、驚きの偽造防止技術が施された新紙幣を、新たに紙幣の顔となった渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎の人物伝とともに紹介します。

デザイン刷新 肖像画になった3人の偉業

2024年7月3日に新紙幣が登場し、慣れ親しんできた福沢諭吉(一万円)、樋口一葉(五千円)、野口英世(千円)から、一万円札は日本資本主義の父・渋沢栄一、五千円札は女子教育家・津田梅子、千円札は近代日本医学の父・北里柴三郎にバトンタッチされました。新たな顔となった3人を紹介します。

渋沢栄一 ~生涯で約500社に関与

1840年、現在の埼玉県深谷市の農家に生まれ、縁あって一橋家に仕えることになりました。財政改善などで手腕を発揮し、その後、幕府の欧州視察に随行。先進的な技術や産業、社会制度を目の当たりにしたことが転機となりました。明治政府の下で富岡製糸場の設立などに携わった後に下野(げや)し、生涯にわたって民間人として経済による近代的な国づくりに取り組みました。約500もの企業の創設や育成に関わり、「日本資本主義の父」と呼ばれています。2021年には、その生涯がNHK大河ドラマ『青天を衝け』で描かれました。

津田梅子 ~6歳でアメリカ留学へ

父は江戸幕府の通訳官。1864年に生まれた梅子は1871年、わずか6歳で日本最初の女子留学生として岩倉遣外使節団とともに渡米しました。現地で初等教育、中等教育を受けて17歳で帰国。華族女学校で教鞭をとりながら、当時の日本女性の地位の低さに心を傷めます。その後再渡米し、現地の大学で生物学を専攻しました。帰国後、1900年に念願の自分自身の学校、女子英学塾(現・津田塾大学)を創設。生涯を通じて女子高等教育と女性の地位向上に尽力しました。

北里柴三郎 ~世界が驚いた血清療法

1853年、現在の熊本県阿蘇郡小国町の庄屋の家に生まれました。東京医学校(現・東京大学医学部)、内務省衛生局を経て6年間ドイツに留学。留学中に破傷風の血清療法を確立し、世界的な研究者となりました。帰国後は伝染病研究所を創立。これを支援したのが前一万円札の福沢諭吉で、門下生には前千円札の野口英世がいました。その後も日本最初の結核専門病院、北里研究所、慶応義塾大学医学部医学科を相次いで創立。現代日本医学の礎を築きました。1894年にはペスト菌を発見。感染拡大の防止に貢献しました。

現金大国日本 世界最高峰の偽造防止技術

20年ぶりの新紙幣発行の主な目的は偽造防止です。実は、日本はまだまだ現金大国。コロナ禍で急速にキャッシュレス決済が普及したものの、通貨流通量は減っていません(図表1)。欧米諸国と比べても、日本は現金の流通が突出して多い状況です。そんな紙幣を安心して使うには、偽造防止技術の高度化が不可欠です。紙幣の歴史は、偽造との戦いの歴史でもありました。年々偽造の手口も精緻化するため、紙幣を刷新して最新の偽造防止技術を反映する必要があるのです。新紙幣に投入された最新の偽造防止技術を紹介します。

図表1:国内通貨流通高の推移(暦年)

図表1:国内通貨流通高の推移(暦年)
出典:日本銀行時系列統計データ検索サイトのデータを基に作成

世界初!3Dホログラム

旧来の五千円札、一万円札にも導入されていたホログラムが、新紙幣ではさらに進化を遂げました。五千円札、一万円札には4種類のホログラムが貼付されていますが、特筆すべきは最上段。なんと3Dで表現された肖像が見る角度によって回転します。ストライプ型と呼ばれる最先端の技術で、銀行券への採用は世界初です(図表2‐B)。千円札にも初めてホログラムを採用し、この3Dホログラムが表面右下に貼付されています。

世界初!高精細すき入れ

「すかし」というほうが馴染みがあるかもしれません。紙の厚さを変えることで像を浮かび上がらせる技術で、これまでの紙幣と同様に、白くぽっかり開いた部分(図表2‐A・E)にそれぞれの肖像が浮かび上がります。新紙幣ではさらに、肖像の周囲に緻密な画線で構成した連続模様が施されています。

ほかにも工夫がたくさん

このほか、これまでの偽造防止技術も引き続き採用されています。実は紙幣には随所に細かな偽造防止技術が施されているのです。たとえば、すき入れの下の桜の模様部分は、紙幣を傾けると額面数字が浮かび上がります。「潜像模様」といいます。裏面にもあり、傾けると「NIPPON」の文字が見えてきます。また、右下のアラビア数字のまわりの模様には、カラーコピー機では再現できないマイクロ文字「NIPPONGINKO」も印刷されています。

目の不自由な人などに使いやすい工夫も施されています。識別マーク(図表2‐D)は、インキを高く盛り上げる特殊な印刷方法「深凹版(ふかおうはん)印刷」を使い、触るとざらつきます。紙幣の種類ごとにざらつきの場所を変えることで、識別できるようになっています。

図表2:新紙幣に採用されたさまざまな技術

新紙幣に採用されたさまざまな技術
出典:新しい日本銀行券紹介パンフレット(国立印刷局)

150年の歴史をもつ国立印刷局

これらの偽造防止技術を生み出し紙幣をつくっているのは、1871年に大蔵省紙幣司として創設された国立印刷局です。偽造防止技術のほか、デザインや肖像画など、アートな部分を作成するのも国立印刷局の職員です。美大卒などの工芸官という専門職員が、デザインや彫刻などを行っています。新紙幣の肖像画も、工芸官が写真を参考に描いて手彫りしたもの。ちなみに渋沢栄一は60歳代、津田梅子は30歳代、北里柴三郎は50歳代の姿を表現しています。紙幣の裏側には、一万円札は東京駅舎、五千円札は藤の花、千円札には葛飾北斎の「富嶽三十六景(神奈川沖浪裏)」がデザインされています。版画作品としても美しい裏面にも注目してみてください。