Vol.30 取引物件や賃貸借契約の確認等が不十分な状態で取引したことによるトラブル


主に取引物件の収益性によって購入を判断する収益物件の買主において、取引前に説明を受けた賃料・敷金等の賃貸借状況が実際と異なっていた場合、大きなトラブルになります。収益物件を取引する宅建業者において、売主等より必要な資料を収集し、その内容の確認を行ったうえで取引を行うことは、欠かしてはならない基本です。

トラブル事例から考えよう

収益物件の賃貸借状況の確認が不十分な状態で仲介を行った

売買取引等の流れ

売買取引等の流れ

仲介業者(売主が資料提供の対応をしてくれないため下記対応をした)


[賃貸借状況の説明]
・賃貸借契約書が作成されていない部屋も多かったため、売主から提出された家賃管理表を基に(裏付け資料による確認をせず)仲介業者が賃貸状況表を作成し、買主に説明した。
[建物に関する説明]
・売主より、「建築確認は受けたが確認通知書や添付資料はない。検査は受けていない」と説明を受けたため、その旨をそのまま買主に説明した
(建物図面は入手できたが、売買契約前に買主に交付しなかった。)

買主は、売買契約前に、市の台帳で建築確認済証・検査済証の交付を確認し、建物に違法性はないと判断して購入を決定した。

平成3年4月新築5階建て共同住宅

トラブルの発生と訴訟

トラブルの発生と訴訟

01確認が不十分な状態で取引を行わない

本件トラブルの要因は、取引物件や賃貸借契約に関する確認等が不十分な状態なのに、仲介業者が取引を進めていったことにあり、一審裁判所は「仲介業者は、売主に資料提示を求め、売主がこれに十分に対応しなかった面があることは否めないが、そもそもの発端は、仲介業者が売主から十分な資料が提出されていないにもかかわらず、いわば見切り発車的に専属専任媒介契約を締結してしまったことにあるといわざるを得ない」と指摘をしています。

また、本件買主(宅建業者)は、自身が取引物件や賃貸借契約に関する確認等を行っていないのに、第三者へ転売しており、買主も、転売先より調査説明義務違反等を問われる可能性があったのではないかと思われます。

仲介・転売をする宅建業者において「買主が契約を急がせた、売主・管理会社が資料開示に非協力的だった、提示された資料が誤っていた」という事情は、宅建業者が通常行う調査を省いてよい理由にはなりません。

取引に際して、困難な対応を取引の相手方より強く求められる場合がありますが、「取引物件等の確認」は、不動産取引の基本であり、「通常行う調査は、粛々と必ず行う」という、宅建業者の基本スタンスは必ず守る必要があります。

02売主の告知義務に関するアドバイス

売買取引の交渉に際して、取引物件の内容をよく知る売主には、買主との不公平な情報格差状態を解消して取引をする信義則上の義務(告知義務)があります(最高裁 平5・4・23等)。

しかし一般の売主において、告知義務をよく理解していない場合がありますので、仲介業者は「売主には告知義務があり、取引に際して買主に資料の提供義務があること。当該義務に違反した場合、賠償責任が生じる可能性があること」を、売主に説明・理解してもらうとともに、売主の告知・資料提供がスムーズに行われるよう、積極的にアドバイスや補助等を行う必要があります。

03収益物件取引における基本確認事項

収益物件の基本確認事項として、下記のものが挙げられます。

(1)売主に賃貸条件一覧表(レントロール)※1と、客観的な裏付け資料(賃貸借契約書の写し等)の提示を求め、レントロール記載の賃料や敷金(敷金償却)※2、契約期間、契約の種類(普通借家・定期借家)等について誤りがないか、賃貸借契約書等の資料がそろっているかについて確認をします。

(2)賃貸借契約書の条文を一読し、借主との契約内容の確認をしておきます。

(3)賃借人との紛争の有無(賃料の延滞、騒音トラブル、迷惑住民の存在等)についても確認をしておきます。

(4)確認済証・検査済証(売主が保存していない場合は、行政の台帳で発行の有無を確認)・建物図面の確認と、建物図面と現地建物を見比べるなどして、増改築等がされていないかの確認を行います。特に建物1階の駐車場を事務所等に変更していることによる容積率違反はよく見られるところですので、注意して確認を行い、建ぺい率・容積率違反等の建築基準法違反の可能性が見受けられる場合には、その旨を重説に記載して買主に注意喚起をしておきます。

(5)建物・設備等に関する、修繕・維持保全に関する記録の有無について確認し、ある場合には、当該記録に修繕の必要がある旨等の記載がされていないかについても注意をしておきます※3

※1 契約後に「退去済・退去予定・入居予定(賃料等)の説明がなかった」と言われるトラブルが起きやすいので、重説では直近のものであることの確認をしておく必要があります。

※2 買主が売主より引き継ぐ敷金の解釈を巡って、トラブルになるケースが見られます。売買契約書において、「売買代金とは別に敷金の受け渡しを行う旨、敷金償却等がある場合に、買主が引き継ぐ敷金は償却前・償却後のいずれであるかについて」の明示を必ず行っておきます。


一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席研究員
不動産鑑定士

中戸 康文

一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/