25年住み続けたら住宅を無償提供!?
大胆な移住定住促進事業で話題を呼ぶまち
〜茨城県境町〜
「子育て支援日本一を目指すまち」を指針に掲げ、まちづくりに励む茨城県境町が注目を集めています。その柱となっているのが、移住定住促進住宅事業「アイレットハウス」の推進。PFI方式を活用して建てられた町営住宅で、戸建住宅の場合、25年住み続けると住宅と土地が無償で与えられる制度もあります。他にも、平成26年の町長交代時から進められてきたいくつもの施策が奏功し、飛躍的な財政再建にも結びついています。仕掛け人である橋本正裕町長に話をうかがいました。
橋本町長就任によって境町は劇的に進化
茨城県南西部、千葉県、埼玉県との県境に位置する境町。利根川と江戸川の分岐点にあり、かつては舟運の要衝地でした。河岸には問屋をはじめ、旅籠屋や商店も軒を連ね、宿場町としても栄えていました。ところがエリア内に駅がないこともあり、人口流出が続き、過疎化の一途をたどることに。そんな中、平成26年、現・橋本正裕氏が町長に就任して以降、様々な施策を打ち出し、驚異的な発展を遂げています。
「就任当時、町は課題が山積みだったにもかかわらず、借金(地方債残高)が172億円と財政が厳しいこともあり、何もしない方が無難だからと何も手が付けられていなかった。このままでは間違いなく町政は破綻すると思い、やれることから一つひとつ町の課題に取り組んでいくことにしました」
橋本町長は、「子育て支援日本一」「選ばれるまち境町」を大きな目標に掲げ、そのための方策として「財政再建」「人口増加政策」「ひとの創生」という3つの主軸を打ち出し、抜本的な町政の立て直しに乗り出しました。
ふるさと納税で“稼げる自治体”に
橋本町長が財政再建のために真っ先に着手したのは大幅な経費削減と、ふるさと納税の強化でした。
「備品や公用車、設備のメンテナンスなどのコストを徹底的に見直しました。ふるさと納税に関しては岐阜県各務原市の仕組みが素晴らしいと聞いて早速訪問。ノウハウを伝授してもらい、地域の農産物に頼るのではなく、売れる返礼品の開発に取り組みました」。効果はてきめん。それまで年間6万5,000円だった寄付金額が3カ月で3,000万円となり、翌年には8億8,000万円、さらに16億円とどんどん増えていきました。
また、橋本町長は人口増加政策として独自の子育て支援策を次々打ち出していきます。それを知った子育て世帯が多数、境町へ移住し始めるようになりました。しかし、町内には子育て世帯が、住みたいと思えるアパート・マンションがありません。「そこで住宅支援策を考えなければと思っていた矢先、神奈川県山北町のPFI事業を知り、すぐに視察へうかがい、境町でも導入させていただくことにしました」
財政負担を軽減した境町のPFI住宅
PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)とは、民間企業の持つ経営ノウハウや資金を活用することで低コスト、かつ良質な公共サービスを提供できることを目的とした公共事業の手法の1つ。町としては財政負担の軽減につながるという大きなメリットがあります。橋本町長は視察や勉強会などを重ね、平成30年、第1弾のPFIを活用した定住促進住宅整備事業として、新築賃貸マンション「アイレットハウス モクセイ館」を完成させます。建設費の半分は地域優良賃貸住宅制度による国からの交付金、残りはPFIによって民間企業から資金調達しているので町の負担はゼロ。間取りは3LDKで70㎡。宅配ボックスやオートロックなど設備も充実し、家賃は近隣より約2割安い月額5万2,000円。敷地内には児童遊園も設置されています。入居にあたっては、町外から転入する子育て・新婚世帯を優先。境町では相次いでマンションタイプを4棟完成させた後、第5弾では初めて戸建住宅・ガレージハウスを建設。こちらは25年住み続けると土地・建物が無償譲渡されるというもの。これが大人気でその後も戸建住宅タイプの建設が進みました。
「最新の第7弾では戸建21棟に対して256件の申込みがありました。近隣だけでなく、全国各地から応募があったので、境町の取り組みが広く知れ渡っていると実感しました」
よく他のマンションやアパートを運営する民間企業を圧迫するのではないか、クレームがあるのでは?と言われるそうですが、「町営の賃貸住宅に入れなかった人たちには、それでも境町に住みたいからと民間のマンション・アパートに入居するケースも多い。民間企業の方も好循環と受けとめてくださっていると思います」と橋本町長。
ではなぜこれほどまでに子育て・新婚世帯から境町は人気なのでしょうか。先ほども触れたように、子育て支援の充実が最大の魅力となっています。
子育て世帯が英語移住 スポーツ移住組も増加
例えば、保育料は第2子以降無料、3~5歳児の給食費無料、小中学校の給食費無料。また、20歳の学生まで医療費無料としています。
さらに先進的な英語教育も大きな魅力。境町では全公立小中学校にフィリピン人の英語講師が複数人常駐し、日常的に英語に触れることができます。「英会話教室に通わなくても境町では義務教育で英語が話せるようになる」というわけです。また、境町では自転車BMXやホッケー、サーフィンの競技施設を相次いで整備しました。それを受けて、国際大会を目指す子どもと“スポーツ移住”する家族も増えています。
境町モデルで町民負担0を実現
橋本町長が就任して10年。こうした様々な取り組みが奏功し、境町の人口減少に歯止めがかかりつつあります。借金も減らし続け、貯金を殖やし続けることができています。
町内には建築家隈研吾氏が手がけた公共施設7棟が点在し、全国に先駆けて自動運転バスも運行するなど、町は活気づき始めています。
他にも様々な施設を建設していますが、それができるのは『境町モデル』を確立したからです。
「一般的には、施設の建設費も運営費も自治体負担です。しかし、境町では施設運営を民間企業に委託しているので、町が負担する維持管理費はゼロ円です。また、事業者から施設利用料を受領するので、施設建設に投資した分をしっかり回収する仕組みになっています。これが『境町モデル』です」と橋本町長。
それにしてもたった10年で町を変貌させることができたのはなぜか。橋本町長のスピード感のある行動力と判断力が大きいようです。
「良い取り組み事例を知るとすぐに自治体や企業を訪問します。その際、職員や議員も連れていきます。自動運転バスがまさにそうでした。一緒に見ているのでコンセンサスを得やすく、導入決定から実施まで短期間で進められる。定例会や新年度予算に縛られません。実施するかどうかの判断は、町民のためになるかどうか。それがあるから賛同も得やすい。あとはハレーションを起こさないために、説明責任も大事にしています。広報誌などで町民にはすべて包み隠さず公開しています」
町の発展のためには子育て・新婚世帯の定住が重要ととらえ、子育て支援に力を注いできましたが、近い将来、シニア世代向けとして市街地に平屋住宅を建設しようと計画。まだまだ境町の進化は続きそうです。