Vol.31 売主が第三者の協力が必要な契約条件を履行できないトラブル
売主が、第三者の協力が必要な契約条件を、想定外の事情等によって履行できず、契約の解除等を巡って買主とトラブルになるケースが見られます。仲介業者においては、そのような事態が発生してもトラブルにならないよう、契約の進め方や契約内容等に関する適切なアドバイスを、売主・買主にしておく必要があります。
トラブル事例から考えよう
売主が、想定外の事情により、特約を決済日までに履行できなかった事例
【東京高裁 令5.7.14 和解】
取引内容
■売主・買主:個人
■契約日:令和2年9月
■決済日:令和2年11月末
■売買代金:480万円、手付金 100万円
■違約金:96万円
■物件:土地・建物(居宅等)
■売買契約特約
売主は土地の測量・分筆登記・抵当権の抹消を行い、本件土地が売主の単独名義になった時点で決済を行う。
売主・仲介業者は、Bに分筆後の売主土地の抵当権を消除することを確認していた。
令和2年11月末までには登記完了の予定が、Bの手続き遅延や予想していないCの死亡により遅滞。実際に登記が完了したのは、令和3年4月15日。
トラブルの経緯
(1) 令和2年11月、売主と買主は、抵当権者B(農協)から、抵当権抹消手続きが予定通り進まないとの連絡があったことから、決済日を12月中に延期することにした。その後、12月23日にする合意をした。
(2) しかし、同年12月18日、売主・仲介業者は、Bより「Aの連帯保証人Cが同年11月16日に死亡したことにより、Bの抵当権抹消には、Cの相続人が連帯保証債務を相続する等の手続きが必要になる旨」の連絡を受けた。
(3) 同年12月21日、仲介業者は買主に「Bの抵当権抹消には、遅くとも2カ月あれば十分である旨をBに確認をした」と報告した。
(4) 令和3年2月23日、買主は、仲介業者を介して売主に、所有権移転登記を2週間以内に履行するよう催告し、同年3月10日、買主は売主に手付金の返還と違約金の支払いを求めた。また、同年3月31日、弁護士を通して売主に、売買契約を違約解除した旨、手付金の返還および違約金支払いを求める意思表示をした。
(5) 令和3年4月15日、Bの抵当権消除の手続きが完了し、売主土地は単独名義となった。
(6) 同月19日に、売主は買主に契約の履行を求める催告を行い、同年5月31日、売主は買主の債務不履行により契約を解除したとして、手付金より違約金を控除した4万円を買主に支払った。
(7) 同年7月、買主は、上記(4)により同年3月31日に売買契約を違約解除したとして、売主に手付金の返還および違約金等の支払いを求める本件訴訟を提起した。
令和5年 2月3日 東京地裁判決
〇買主の違約解除(売主に対する手付金の返還および違約金請求)を認容
(理由:契約の履行期と契約の解除について)
令和2年12月23日以降、売主は履行遅滞となっており、買主は翌年2月23日仲介業者に2週間以内に登記等をするよう催告し、催告期間経過後の翌月31日に解除の意思表示をしているから、本件売買契約は有効に解除された。
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令和5年 7月14日 東京高裁和解
〇売主が買主に、地裁判決より10万円減額した金額を支払うことで和解
01第三者の協力が履行に必要な契約の注意点
確定測量図の作成など、第三者の協力が必要となる作業等を決済日までに完了することを、売主の履行義務とする契約をすることがありますが、その場合にもし、第三者の事情によって協力が得られず、当該作業等が履行できない状態になってしまった場合、契約に特段の取り決めがされていない限り、売主は契約不履行となり、買主より違約解除される等の事態に陥ることになってしまいます。
もちろん、そのようなことにならないよう、売主や仲介業者は、事前に第三者に対して、売主の当該作業等の協力が得られる確認や約束をしておくのが通常ですが、その確認等がされていても、
①「第三者の事情等によって協力が得られず、売主が決済日までに当該作業等を履行できなかった」
そして、
②「第三者の協力が得られるまで、約定の履行期を延長させて契約を完了させたい売主と、履行期の延長が待てないので、契約を違約解除したい買主との間で、契約の続行・解除を巡って紛争になった」
というトラブルは、実務上まれではありません(【参考:類似のトラブル事例】)。
仲介業者においては、売主・買主に、上記のような事態が発生する可能性があることを伝えるとともに、そのような事態が発生してもトラブルにならないよう、契約の進め方や契約内容等に関する適切なアドバイスを行っておく必要があります。
02売主の履行義務に対する基本対応
第三者の協力が必要な作業等は、売主単独で完了させることが不可能なことから、第三者に当該作業等の協力が得られる確認等をしていたとしても、
①「売主が当該作業等を終了させた後に取引をする」
が基本です※1。
しかし、当該作業等が、買主の特段の要望による場合や、取引の流れ等によって、①が適当でない場合には、
②「当該作業等の完了を売主の義務とする契約にする」
ことになりますが、当該内容だけでは、「売主の第三者の事情による債務不履行リスク・買主の売主履行遅滞等に伴うトラブルリスク」があることから、売主・買主の合意によって、②に加えて、
③「第三者の事情等によって売主が約定期日までに当該履行ができない場合は、契約は自動的に解除される」※2
等の旨の特約を付しておくことが適切と考えられます。
本件事案においては、③の旨の特約が付されていて、また、仲介業者によって、契約内容に従った適切な対応がされていれば、買主・売主が、相手方に対して違約解除を主張しあうトラブルは、回避できたのではないかと思われます。
※1 本件事案は、登記の共有名義を単独名義に変更できなければ、売買取引ができませんから、本件売買契約は、原則、売主の単独名義の登記手続きが完了してから(少なくとも、司法書士が、AやB〈農協〉等の本件登記に必要な書類をそろえて法務局に申請を行った後に)行うべきであったと考えられます。
※2 「自動解除」ではなく、「売主・買主間で別途協議をする」旨の特約とすることも考えられますが、この場合、契約の継続・解除について両者の意向が異なった場合、協議がまとまらないことが考えられますので、いったん自動解除としておき、履行期日延長の合意ができた場合に覚書等を締結するとしたほうが、契約内容が明確になりトラブル回避に役立ちます。
【参考:類似のトラブル事例】
・相続登記はされていないが、相続人間では売主が相続する合意がされていた物件の売却で、他の相続人の事情により決済日を経過しても、売主が移転登記に必要な書類を取得できなかった。
・売主は、買主条件の隣地建物の越境状態解消について、隣地所有者の承諾が得られたことから、隣地の越境状態解消を売主の義務とする売買契約を締結したが、契約後に隣地所有者に越境解消を求めたところ、拒まれ、その履行ができなかった。
・売主が確定測量図を作成する条件の売買において、隣地所有者の協力が得られず、確定測量図が作成できなかった。
一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席研究員
不動産鑑定士
中戸 康文
一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/