現在、中古住宅の売却を検討しています。中古住宅を売買するにあたっては、必ず売主が建物状況調査を行わないといけないのでしょうか。
Answer
必ずしも建物状況調査を行わなければならないわけではありません。調査するかどうかは、売主が自由に決めることができます。調査には費用がかかりますが(6万円程度~)、調査を実施することによるメリットや、実施しないことによるリスクなどを勘案し、調査を実施するかどうかを決める必要があります。
建物状況調査とは
建物状況調査(インスペクション)は、既存住宅(中古住宅)の基礎、外壁等の部位ごとに生じているひび割れ、雨漏り等の劣化・不具合の有無を目視、計測等により調査するものです。調査を行って調査結果の情報を買主に提供すれば、劣化事象等についての情報を当事者が共有し、売買当事者が安心して取引ができるようになります(宅地建物取引業法における建物状況調査に関するQ&A、令和6年4月1日現在、国土交通省〈以下「Q&A」という〉Q1-1)。
調査費用としては、標準的な検査内容の場合、6万円程度~とされています(Q&A、Q1-8)。
建物状況調査を実施するメリットなど
(1)建物状況調査を実施することによるメリット
中古住宅の取引には、売買対象が中古であるため、一見しただけでは住宅の状況がわからないという不安定さを伴います。この点、建物状況調査を行っても瑕疵がないことが保証されるわけではありませんが、調査時点における住宅の状況を把握して調査結果を買主に提供すれば、一定の取引の安定が確保され、住宅の状況に見合った売買価格で取引することも可能になります。買主からみれば、売主から調査結果の情報提供を、リフォームやメンテナンス等の計画の参考にすることができるというメリットもあります。
さらに住宅瑕疵担保責任保険法人の登録を受けた検査事業者の検査員が建物状況調査を実施し、調査の結果、劣化・不具合等がないなど一定の条件を満たす場合には、既存住宅売買瑕疵保険に加入することができます。既存住宅売買瑕疵保険に加入するための検査の有効期限は木造戸建て住宅の場合は1年、鉄筋コンクリート造等の共同住宅(マンション)の場合は2年等となっています(Q&A、Q1-2)。
(2)建物状況調査を実施しないことによるリスク
売主からみると、建物状況調査を実施しないことのリスクとしては、引渡し後に不具合が発見された場合の不利益があります。買主のリフォームやメンテナンスにも支障が生じますし、訴訟等トラブルに発展することも想定されます。売主が契約不適合責任を負わないとする特約があっても、知りながら告げなかった事実については、その責任を逃れることができません(民法572条)(Q&A、Q1-3)。
図表 建物状況調査のメリット、建物状況調査を実施しないことによるリスク

宅建業者による建物状況調査を実施する者のあっせん
宅建業者は媒介契約書に「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」について記載しなければなりません(宅建業法34条の2第1項4号)。また、あっせん「無し」とするときは、その理由を記入することとされています(Q&A、Q4-2)。売主または購入希望者が望み、かつあっせんが可能な場合には、媒介契約書にあっせんの実施を明記するとともに、宅建業者が具体的な手配を行うこととなります。
「レモンマーケットの法則」にみる、中古住宅のあり方
買主側が商品の品質や価値に関する情報がないままで商品を購入せざるを得ない市場を、レモンマーケットといいます(外見からだけでは内側の善し悪しがわからないという特性を、レモンの売買になぞらえている)。
レモンマーケットでは、買主は、当初一部に粗悪品が混ざっているとは知らずに商品を購入するものの、次第に良品と粗悪品が混ざっていることがわかると、すべての商品について、良品に支払える価格ではなく、粗悪品に支払う価格でしか買わなくなります。その結果、不良品を安い価格で販売する売主が増え、品質の悪いものばかりが市場に出回ることになるという悪循環に陥ってしまいます。
中古住宅市場でレモンマーケットの弊害が生じることは、売主にとっても買主にとっても望ましいことではなく、さらにはわが国の住宅のあり方もゆがめてしまうことにもなりかねません。
調査には費用がかかりますが、中古住宅の売買が活性化することはSDGsの考え方に沿うものであり、建物状況調査の適切な利用は、売主にとっても買主にとっても、またわが国における豊かな住環境の形成にとっても、有意義です。
今回のポイント
●建物状況調査は、必ず行わなければならないものではない。売主は調査を行うかどうかを自由に決めることができる。
●もっとも、建物状況調査には、①調査時点における住宅の状況を把握した上で、安心して売買等の取引を行うことができる、②調査結果をリフォームやメンテナンス等の計画の参考にできる、③調査を行えば、一定の条件を満たす場合には、既存住宅売買瑕疵保険に加入することができる、などのメリットがある。
●建物状況調査を実施しない場合には、引渡し後に不具合が発見された場合に、 訴訟等のトラブルに発展する可能性があるというリスクがある。
●宅建業者は媒介契約書に「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」について記載しなければならない。あっせん「無し」とするときは、その理由を記入することとされている。

山下・渡辺法律事務所
弁護士
渡辺 晋
第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所民事弁護教官、司法試験考査委員、国土交通省「不動産取引からの反社会的勢力の排除のあり方の検討会」座長を歴任。マンション管理士試験委員。著書に『新訂版 不動産取引における契約不適合責任と説明義務』(大成出版社)、『民法の解説』『最新区分所有法の解説』(住宅新報出版)など。