Vol.74
従業員が知りたい不動産調査基礎編 ⑪
景観利益侵害の最高裁の判断基準について
不動産が所在する物件周辺の住宅環境や景観の良さは、不動産の価値に大きく影響することから、不動産取引において周辺環境の悪化を理由とする不動産トラブルが存在します。本章では、最高裁判例を引用して、景観利益の侵害に関する判断基準について述べます。
新・東京街路樹10景に選ばれた国立市大学通り
こんな事件がありました。
街の景観「新・東京街路樹10景」に選ばれた街の住民らが、居住地域の南端に14階建て共同住宅の建設計画が立てられたことに反対して建物撤去訴訟を起こし、平成18年3月30日、最高裁が以下のように判決を下しました。
「東京都のJR中央線国立駅南口のロータリーから南に向けて幅員の広い公道(都道146号線)が直線状に延びていて、そのうち江戸街道までの延長約1.2㎞の道路は、『大学通り』と称され、そのほぼ中央付近の両側に一橋大学の敷地が接している。大学通りは、歩道を含めると幅員が約44mあり、道路の中心から左右両端に向かってそれぞれ約7.3mの車道、約1.7mの自転車レーン、約9mの緑地および約3.6mの歩道が配置され、緑地部分には171本の桜、117本のいちょう等が植樹され、これらの木々が連なる並木道になっている。
そのため、一橋大学より南の大学通り沿いの地域では、本件建物を除き、街路樹と周囲の建物とが高さにおいて連続性を有し、調和がとれた景観を呈している。大学通りの景観については、昭和57年、東京都選定の『新東京百景』に選ばれ、平成6年、某新聞の『新・東京街路樹10景』『新・日本街路樹100景』に選ばれるなど、優れた街路の景観として紹介されることがあった」。
南端に14階建て分譲マンション建設!
事件となったこの土地は、「国立駅から約1,160mの距離にあって、大学通りの南端に位置し、計画建物は、鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造りルーフィングぶき地下1階付き14階建ての建物(最高地点の高さ43.65m。以下『本件建物』)」。建設反対住民らは、「大学通り周辺の景観について景観権ないし景観利益を有しているところ、本件建物の建築により受忍限度を超える被害を受け、景観権ないし景観利益を違法に侵害されている」などと主張し、上記の侵害による不法行為に基づき、分譲主および本件区分所有者らに対し、本件建物のうち高さ20mを超える部分の撤去と、慰謝料および弁護士費用相当額の支払いをそれぞれ求めて建築物撤去等請求訴訟を提起しました。
建築確認取得および工事着工後に、地区計画条例の改正交付・施行
国立市景観条例25条の規定に基づき、大規模行為景観形成基準には、高さ10mを超える建物の新築工事をしようとする建築主は、高さについて、町並みとしての連続性、共通性を持たせ、周囲の建築物等との調和を図ることを配慮すべきことが定められている。分譲主は、計画当初、本件土地に建築予定の建物は、高さ55m、地上18階建て(地下1階付き)としていたが、国立市長が、書面により指導を行い、分譲主側は、「構造を地上14階建てとし、高さを最高で43.65mとする旨届け出た。その後、東京都多摩西部建築指導事務所に対し地上14階建て(地下1階付き)の建物の建築確認申請をし、平成12年1月5日、東京都建築主事から建築確認を得て、同日、建築工事に着手して同事務所に着工届を提出した。本件建物は、いわゆる根切り工事をしている段階にあったが、同年2月1日、高さを20m以下とする地区計画改正条例が施行された。その後、本件建物の建築が進み、分譲主は、平成13年12月20日、本件建物について東京都から検査済証の交付を受け、平成14年2月9日から分譲を開始した」。
景観利益を有しても、景観権は有しない!
最高裁は、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下『景観利益』)は、法律上保護に値するものと解する」としつつも、「この景観利益の内容は、景観の性質、態様等によって異なり得るものであるし、社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ、現時点においては、私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず、景観利益を超えて『景観権』という権利性を有するものを認めることはできない」としました。
景観利益侵害の判断基準とは
「本件建物は、平成12年1月5日に建築確認を得た上で着工されたものであるところ、国立市は、その時点では条例により、これを規制する等上記景観を保護すべき方策を講じていなかった」。また、「原審の確定事実によっても、本件建物の建築が、当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の乱用に該当するものであるなどの事情はうかがわれない。本件建物の建築は、行為の態様その他の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものとは認め難く、建設反対住民らの景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできない(平成18年3月30日、最高裁裁判長・甲斐中辰夫)」としました。
以上は、景観利益の侵害の受忍限度に対する判断基準が具体的に述べられた重要な最高裁判例です。
ポイント1
最高裁では、「景観利益の侵害」とは、「当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当する」場合とし、「景観利益は、現時点においては、景観利益を超えて『景観権』という権利性を有するものを認めることはできない」としています。
下記の写真は、訴訟対象の14階建てマンション。

ポイント2
こちらの写真は、新・東京街路樹10景に選ばれた国立市“大学通り”。
「この景観は現時点での景観利益を享受しているのみで、景観利益を有しても権利性のある景観権を有しません」ということがポイントです。


不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。