Vol.35 定期建物賃貸借契約を有効に成立させるための留意点と対応について
建物所有者(貸主)から、媒介業務や管理業務を受託している宅建業者が、同貸主からの依頼により、定期建物賃貸借契約としての事前説明の手続きをしたものの、定期建物賃貸借契約であるか否かに関して裁判となる例が見受けられます。そこで今回は、宅建業者がこの手続きを行う際の留意点と対応について説明いたします。
トラブル事例から考えよう
〈事例1〉
借主が、店舗の賃貸借にも「良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条」が適用されるため、借地借家法の定期建物賃貸借契約の規定は適用されず、契約は終了しないと主張
(東京地裁 令2・12・24 ウエストロー・ジャパン)RETIO123-116
平成10年2月、借主は、店舗用建物の普通建物賃貸借契約を締結した後、平成28年2月に「定期建物賃貸借契約書」と題する書面により契約を締結し、平成31年2月には、契約の更新がない旨の記載のある定期建物賃貸借契約を締結した。なお、契約に先立ち、借主は、契約を更新しない旨を記載した説明書の説明・交付も受けた。
その後、本件建物を譲り受けた新しい貸主は、令和元年12月、借主に、契約を更新しない旨を書面により通知したが、借主は、①平成28年の定期建物賃貸借契約書も普通賃貸借契約が更新されたもので、解約申入れに必要な正当事由はない。②良質な賃貸住宅等の供給の促進に関する特別措置法附則3条の「平成12年3月1日より前の住居用賃貸借契約には、当分の間、借地借家法38条の規定が適用されない」との趣旨は、借主が自己に不利益なことを理解せぬままに定期賃貸借に移行することの防止にあり、本契約にも適用されるため、契約は終了しないと主張した。その後、貸主が裁判を提起した。
事例1の図解

<裁判所の判示> 貸主の主張を容認
本契約においては、契約書において契約の更新がないこととする旨が定められており、かつ、別個書面にも期間満了により契約が終了することおよび更新がないことが明記されており、これら各書証上の記載は、更新がないことが容易に理解できるものであって、借地借家法38条の方式に欠けるところはない。また、借主は、特別措置法附則3条を根拠に、本契約には借地借家法38条が適用されない旨を主張するが、同条は、「居住の用に供する建物の賃貸借」に関する規定であって、商用スペースである本件建物に関する賃貸借契約に適用または類推適用されるものではない。
〈事例2〉
貸主が、「借地借家法38条3項の事前説明は、媒介業者が重要事項説明にて行っている」と主張
(東京地裁 令2・3・18 ウエストロー・ジャパン)RETIO122-164
平成25年2月、貸主と借主は、期間を5年とする定期建物賃貸借契約を締結した。契約に際し、媒介業者は借主に「賃貸借の種類:定期建物賃貸借契約、※更新がなく、期間の満了をもって契約は終了します。(借地借家法38条)」と記載した重要事項説明書の交付・説明を行ったが、貸主から借主への借地借家法38条3項所定の事前説明書による事前説明はなかった。
平成29年9月、貸主は借主に、期間の満了により賃貸借が終了する旨の通知をしたが、借主は、複数の法律事務所から「事前説明がなかったため、本契約は、法律上は定期建物賃貸借契約でなく通常の賃貸借契約とみなされる」との見解を得たとして、契約の終了を拒否した。
貸主は、当初、円満解決による契約終了を申し入れていたが、重要事項説明書が事前説明書を兼ねることが可能である旨の平成30年2月28日付国土交通省通知(国交省通知)の発出を知り、借主への事前説明は、媒介業者が重説記載にて行っていると主張した。
<裁判所の判示> 貸主の主張を否定
借地借家法38条3項の事前説明は、貸主に課せられた義務であり、宅建業者がなすべき重要事項説明をもって当然に代替されるものではない。本件では、貸主は宅建業者に媒介を依頼したが、事前説明の代行までその準委任事務に含めていたことを示す客観的証拠資料は見当たらない。また、事前説明の代行が取引慣行として媒介事務に含まれていることを認めるに足りる証拠もない。重要事項説明書にも、事前説明が宅建業者の代行により行われたことは何ら記載されていない。以上より、貸主が説明主体となっていたことを認める証拠はないことから、本件賃貸借契約において、契約の更新がないとする旨の定めは無効である。
注意すべき点
- 1.平成12年3月1日より前に契約を締結した賃貸借契約のうち、店舗等の事業用建物の賃貸借は、借主との合意により定期建物賃貸借に変更できるが、居住用建物の賃貸借は変更できない。
- 2.宅建業者が貸主に代わり、事前説明を行う際は、貸主から、借地借家法38条3項の事前通知に関する手続きの代理権限をうけた旨の書面での委任状を、貸主から受領した後に、説明を行う。
※委任状がなかったため、裁判所が定期建物賃貸借契約と認めず、借主の退去に、貸主が支払った和解金のうち、媒介業者の責による損害として、同業者に776万円の支払いが認められた裁判例(東京地裁 令和6年1月29日 RETIO137-124)もあります。また、前述の国土交通省の「事前説明欄を盛り込んだ事前説明重説書」を使用する場合でも、貸主からの委任は必須条件ですので、必ず、委任状を受領しましょう(現在、電磁的方法での事前通知も認められています)。
※なお、今回は割愛しましたが、上記事例1、2のほかに、借地借家法第38条3項の事前説明は、必ず、契約書とは別の書面にて説明・交付を行う必要があることにも注意願います。
平成24年9月13日の最高裁判所の判決では、事前説明の書面の交付の要否については、契約の締結に至る経緯、契約の内容についての賃借人の認識の有無および程度等といった個別具体的事情を考慮することなく、形式的、画一的に取り扱うのが相当である。したがって、契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきであると判示しています。
一般財団法人
不動産適正取引推進機構
客員研究員
室岡 彰
一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/