Vol.76
従業員が知りたい不動産調査基礎編⑬
求められる“エスクローによる情報開示”
アメリカなどでは、不動産取引では日常的に行われているエスクロー制度がありますが、日本では、いまだ導入されていません。本章では、この“エスクローによる情報開示”について述べたいと思います。
“エスクロー”とは何か?
そもそも“エスクロー”とは何でしょうか?語源は、古代フランス語のESCROUEという言葉で、意味は“古代の巻物”“文書”等とされています。アメリカでは、1947年に“エスクロー免許法”が州法として成立し、民法には“不動産情報開示書”が定められ、売主が説明すべき義務項目が詳細に規定されています。また、多くの州の不動産取引は、すべてエスクロー機関への届出が義務付けられ、まさに“古代の巻物”を見るがごとく、不動産情報が蓄積保管されているのが、アメリカのエスクロー制度です。今、日本においても、このように情報開示できるエスクロー制度が必要とされています。
誰かがしなければならない分野の調査!
①忌み地の履歴調査
「昔、この土地は処刑場だった」「昔、この土地は監獄敷地だった」という情報を知っていたら、売買契約はしていなかった、という最悪の不動産トラブルがあります。
このトラブルは、「コンピュータ閉鎖登記簿謄本から旧土地台帳元番まで」の登記申請をすることで、情報を得ることができ、買主に告知をして、不動産トラブルを回避することができます。
②土地の利用の履歴調査
「昔、この土地は河川敷地だった」「昔、この土地は沼だった」「昔、この土地は池だった」「昔、この土地は肥溜め地だった」「昔、田だった」などという情報を知っていたら、取引の際、地盤調査をして、軟弱地盤対策をした上で建築物を建築したのに、宅建業者が調査をして伝えなかった、というトラブルがあります。
このトラブル対策には、「土地の閉鎖登記簿謄本」「移記閉鎖登記簿謄本」「旧土地台帳の写し」などを取得することで、過去の土地利用の履歴を確認して、回避することができます。
③地中障害物の履歴調査
「昔、この土地には地下室があった」「昔、この土地には鉄骨造りの構造の建物があった」「昔、この土地には、5階建ての建物があった」などの情報を知っていれば、「地盤調査を実施して、地中障害物の存在の有無を確認できた」といった不動産トラブルがあります。
この調査業務も、宅建業者が通常行っていない調査ですが、登記所における「閉鎖された底地上の建物の登記の記録」を申請して、「閉鎖登記簿謄本」に記載された情報により、地中障害物の存在を知ることができ、それにより、地盤調査を実施することが取引条件となったかもしれません。
④地中埋設物の配置調査
「広い敷地で、どの位置に、どのような状態の建物が建っていたか」について、事前に知ることができたら、一定の場所に絞って地盤調査ができ、地中障害物を容易に知ることができます。「この付近には、浄化槽が設置してあった」「この付近には排水管が埋設されていた」などの情報を知ることができる場合があります。
このためには、登記所において、「閉鎖された登記建物図面の申請」により、建物が配置された位置を知ることができます。しかしこの調査も、宅建業者が、通常行っていない業務です。
⑤浄化槽の使用履歴調査
建物登記事項証明書に記載された新築年月日の調査と、下水道維持管理課にて下水道供用開始時期を照合して調査することで、これらの日付の前後により、「この建物は新築時は浄化槽を設置した建物だった」ということを知ることができます。また、「土地における過去の浄化槽使用履歴調査」が可能になります。
浄化槽が埋設されていれば、地中障害物ですので、撤去費用も追加になるため、これは重要な調査となります。このような浄化槽使用履歴調査も、宅建業者の通常の不動産業務というには、無理があります。
⑥土壌汚染の可能性調査
土壌汚染対策法に定める「形質変更時要届出区域」や「要措置区域」などは、宅建業法で定める重要事項説明義務項目で、Webでも公開されていますが、「下水道法に基づく特定施設の記録」や、「水質汚濁防止法に基づく特定施設の記録」、「市区町村の環境保全条例に基づく特定施設の記録」などの調査により、「この土地には有害物質を使用した特定施設の記録がなかったため、土壌汚染の可能性は低い」といった、「土壌汚染の可能性の調査」をすることができます。
この調査結果で、土壌汚染が疑わしいという場合は、事前に、土地のインスペクションを実施して、不動産トラブルを回避できたかもしれない場合があります。
エスクロー調査技能を修得する者とは?
このように、「宅建業者が、通常行っていない不動産の調査業務の範囲以外の不動産調査」が現に存在し、これを実施することで、不動産トラブルを未然に防ぎ、事前に回避できたかもしれない分野があります。このような不動産調査の分野は、「不動産情報開示を目的とする調査」のため、“エスクロー調査”と私は表現しています。宅建業者が通常行うべき調査の範囲をガイドラインとしてしっかり身に着け、その上で、この範囲を一歩超えた“エスクロー調査”を実行できる調査技能を修得した者が“エスクロー調査士”として、現在、求められています。今後、エスクロー調査技能の修得者が輩出され、不動産流通業界を担っていく者こそが、これからの“日本版エスクロー制度”の実体になるのではないでしょうか。
ポイント
アメリカの多くの州では、すべての不動産取引はエスクロー機関に届け出る義務があり、機関には、取引情報のほか不動産の品質や性能に関する情報も蓄積保存されています。しかし、日本の法務局では、不動産登記関係の記録が蓄積保存されるのみで、不動産情報は蓄積保管や開示はされていません。
※写真は千葉地方法務局です。


不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。