Vol.39 貸主からの賃貸借契約解除における「正当な事由」と「信頼関係の破壊」


昨今、賃貸不動産の需要の高まりや、管理のための諸費用値上がり等により、新たに賃貸する際の賃料の値上げ傾向が見受けられるため、宅建業者等の賃貸管理業者の中には、貸主から、すでに締結済の賃貸借契約の解除ができないのかといった相談を受け、頭を痛めている方もいるかと思います。
残念ながら、この相談に対し、ずばりこういう方法がありますと答えることは難しいかもしれません。しかしながら、裁判所が契約解除を認める場合の判断事項を理解し、契約書に、裁判所の判断材料にもなりそうな合理性の伴う解除条項を入れておくことは、意味があることといえますので、今回は、賃貸借契約の解除に関する裁判例を説明させていただきます。

トラブル事例から考えよう

〈事例〉
貸主が所在不明の借主に対し、借主の所在不明等を契約終了事由とする特約に基づく建物の明渡し等を求め、予備的に、解約申入れによる契約終了に基づく建物の明渡し等を求めた。

(東京地裁 令和5年3月9日判決 2023WLJPCA03098007 RETIO135-124)

事案の概要

借主は、平成27年1月から2年間、賃料57,000円で、以下の特約のある賃貸借契約を締結した。

特約:借主は、1か月以上留守にする場合には、あらかじめ貸主に通知しなければならない。万一、無断不在2か月に及ぶ場合は、借主が賃借権を放棄したものとみなし、賃貸借契約を終了する。

契約は、その後2度、合意更新されたが、借主は2度目の合意更新後、行方不明となり、連絡も取れないため、貸主が家庭裁判所に申し出をし、令和4年3月、借主の不在者財産管理人として弁護士が選任された。なお、賃料は、借主の預金口座からの自動引落しによって、不払いは生じていない。

貸主は、令和4年7月、不在者財産管理人に対し、特約に基づき賃貸借契約が終了した旨の通知(主位的請求)のほか、仮に終了が認められない場合に備えて、借地借家法28条に基づく解約の申入れ(予備的請求)の意思表示をし、立退料として50万円の提供の申し出も含め、提訴した。

事案のイメージ

< 裁判所の判示> 貸主の主位的請求は棄却、予備的請求は認容

裁判所は、貸主の主位的請求は棄却し、予備的請求は認容した。

⑴ 特約の有効性について

建物賃貸借契約において、借主の無断での長期不在から、建物の腐朽、損傷の恐れが生じ得ることで貸主の利益を損なう可能性があることや、また、防犯・防災の観点からも支障が生じ得ること等に鑑みれば、長期不在等を解除事由と定めた特約の必要性、合理性自体は首肯し得るところではある。

しかし、行方不明から約4年経過しているものの、①行方不明となった事情が、借主意思か否か等は明らかでなく、②借主の基本的な義務である賃料支払いも、結果として遅滞なく履行されていること、③建物の賃貸管理に限れば、現時点で借主不在による具体的な損害、不利益が生じていないこと、④借主が高齢なことから、引き続き住居としての建物を確保しておく必要性が高いといえる。

以上によれば、現時点において、貸主との信頼関係が破壊されたとまでは即断し得ず、特約が適用されるべきものとまではいえないから、特約に基づく賃貸借契約の終了を求める主位的請求には理由がない。

⑵ 解約の申入れに係る正当事由の有無

信頼関係の破壊とまでは即断し得ないものの、①建物は築後約57年経過し、相応の老朽化がうかがわれ、他の借主も貸主の従前からの建替えの意向を踏まえ、令和5年4月までの退去が確定していること、他方で、②借主と相当期間連絡が取れず、建物の状況確認や明渡し交渉等もできず、貸主側に一定の支障が生じていたことは否定し得ず、③借主が今後、帰宅する可能性を示唆する事情は見当たらず、建物の建替えができず、貸主の不利益が増大することが見込まれ、これらにつき、正当の事由を裏付ける事情として評価するのが相当である。加えて、貸主は、正当な事由の補完事由として、損失補償基準における借主の補償額の算定方式を参照しつつ、それよりやや多額の50万円の立退料を提示しており、借主の不利益等を十分に考慮しても、正当事由を補完する立退料として相当(賃料の約8.7か月分)と認める。

まとめ

裁判所が、賃貸借契約の解除を認める判断事項は、大きく次の2つといえます。

賃貸借契約の解除を認める判断事項
※①は借地借家法28条の規定であり、正当事由が認められた場合でも、補足的に、財産上の給付が原則必要となります。

①による解除は、正当な事由として、特定緊急輸送道路沿道建築物としての建替えのため(東京地裁 R3.12.15 RETIO131-170)といった防災の観点や、修繕費用が過大で、賃料収入と比較した経済合理性の観点(東京地裁 H25.4.16 RETIO93-166)からといった例が多く、貸主個人の生活上の必要性の観点から認められた例は少ないとともに、事前に約定や特約として契約書に記載しておくこともできにくい内容かと思われます。

一方、②による解除は、借主の賃料滞納や用法違反等の程度が著しい場合は、約定の有無にかかわらず認められますが、本裁判例のように、借主が行ったことで、結果的に、貸主が損害を被るリスクが生じる行為(長期の不在や音信不通等)については、約定・特約として契約書に記載しておくことで、契約締結時、借主に注意喚起を促せるとともに、裁判による契約解除を求める際の、裁判所の判断材料の1つとして、有効に働く可能性があると思われます。

ちなみに、国土交通省の「賃貸標準契約書」でも

  • ・契約締結時、契約書に記載した同居人以外に新たな同居人(出生を除く)を追加すること
  • ・1か月以上継続して賃借建物を留守にすること

を、借主の貸主への通知義務事項としており、貸主の履行催告にもかかわらず、義務が履行されず、契約の継続が困難なときは、契約を解除することができる旨の約定を入れています。



一般財団法人
不動産適正取引推進機構
客員研究員

室岡 彰

一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/