Vol.49 テクノロジーが変える世界の不動産
─ AIの光と影

テクノロジーのイメージ画像

2025年、不動産テック(PropTech)への世界投資額は167億ドルに達したそうです
資金の3~5割がAI関連企業に集中しており、その勢いは2021~22年のいわゆるバブル期すらも凌駕しています。物件の値付けから入居者募集、売買契約まで、不動産ビジネスのあらゆる工程にAIが入り込もうとしています。しかしその急速な普及は、新たなリスクも生み出しています。

※ 米不動産テック調査機関CRETI(Center for Real Estate Technology & Innovation)調べ

「AI査定」が鑑定士の仕事を変え始めた

不動産の価格査定は長らく、経験豊富な鑑定士が現地を訪れ、周辺の取引事例と照らし合わせながら判断するもので、極めて属人的な作業でした。それを根底から変えつつあるのが、AVM(自動評価モデル)と呼ばれるAI査定システムです。

米国のHouseCanaryは1億2,000万件超の住宅データをAIに学習させ、数分以内に評価額を算出するシステムを銀行や不動産投資ファンドに提供しています。全米最大の不動産ポータルサイトであるZillowの「Zestimate」も、衛星写真や人流データ、物件内部の画像認識を組み合わせたマルチモーダルAIに進化しました。

ある調査では「AI活用企業は非活用企業と比べて査定精度が18%向上し、取引時間が23%短縮された」とも報告されています。これは「鑑定士が不要になる」という話ではありません。根拠の説明、現地確認、特殊事情の判断は引き続き人間の仕事です。ただしその前提として、AIが弾き出した数字を読み解く能力が、不動産のプロに求められる時代になりつつあると考えるのが自然でしょう。

物件探しが「検索」から「会話」に変わった

「駅徒歩10分以内、ペット可、2LDK、予算3,000万円」──これまで購入希望者は条件を入力欄に打ち込み、ヒットした物件を一覧から選んでいました。その体験が根本から変わろうとしています。

米Zillowは2025年10月にChatGPTと独占的に連携し、翌2026年3月に「AI mode」を発表しました。自然な言葉で条件を話しかけると、AIが候補を絞り込み、予算や学区の適合度をリアルタイムで示してくれます。「ポータルサイトで検索する」から「AIエージェントに相談する」への転換です。

中国最大手の不動産プラットフォームBeike(Lianjia)は、AI生成バーチャル内覧「Realsee」を展開し、内覧件数が133%増、問い合わせの成約率が20%向上したと報告しています。全世界5,000万空間以上の3Dデータを蓄積しており、物件を「見に行く」前にほぼ全室を画面上で確認できます。米国ではCoStarが、2025年2月に3Dスキャン大手Matterportを16億ドルで買収し、デジタルツインの全物件標準化に乗り出しました。

こうした変化は、物件情報の「書き方」や「見せ方」が成約率に直結する度合いをさらに高めます。キーワードを羅列したテキストや粗い写真では、AIにとっても購入希望者にとっても、物件の魅力が伝わらない時代が来ています。

オフィス・商業施設の管理もAIへ

住宅だけではありません。オフィスや商業用不動産(CRE)の世界でも、AIの導入が急速に進んでいます。

世界最大級の不動産サービス会社であるJLLは、AIによるリース契約の自動要約を導入した結果、人手でのレビュー作業を60%削減したと発表しています。さらに、AIによってこれまで見落とされていたエスカレーション条項(賃料改定ルール)を検出し、100万ドル超の追加収益につながった事例も報告されています。物流大手Prologisは倉庫内のセンサーとAIを組み合わせ、空調や照明を使用状況に応じてリアルタイムで制御し、光熱費の削減を実現しています。

ただし、JLLが2025年10月に公表した調査では、CRE企業の約90%がAIパイロットを実施している一方、当初の目標をすべて達成できた企業は5%にとどまるという結果が出ています。導入したはいいものの、古いPDFやバラバラなフォーマットの契約書データが足かせになるケースが多く、「AI活用の前に、データ整備が先決」というのが偽らざる現状と言えそうです。

AIが生む「見えない偽物」という問題

ここまで見てきたように、AIは不動産業を効率化し、情報の質を高める側面を持っています。しかしその裏で、業界の根幹である「情報の信頼性」を脅かす問題も急浮上しています。

画像生成AIの普及により、存在しない物件の内覧写真を数分で大量に作ることが技術的に可能になりました。リフォーム前の物件をAIで修繕済みに見せる、実際には得られない眺望や日当たりを合成する、そうした手口がリスティング広告に紛れ込む事例が、米国・中国・韓国などで報告されています。AIは静止画にとどまらず、内覧動画などで商業利用が始まっています。物件の魅力を最大化する目的と、実物との乖離(かいり)を最大化するリスクは、同じ技術の表裏一体の関係でしょう。

世界各地ではすでに、AIで生成・加工された物件写真や偽の本人確認書類、実在する仲介業者を装ったメールなどを使った、詐欺まがいの事例が報告され始めています。オンラインで内見から契約、送金まで完結する取引が広がるほど、借り手や買い手は「画面上の情報」を信じるしかなくなります。AIは不動産取引の利便性を高める一方で、情報の非対称性をさらに深める道具にもなりつつあるのです。

規制も動き始めました。中国は昨年9月、AI生成コンテンツへのラベル表示を義務づける国家標準を施行しています。ただし不動産広告への実際の適用はまだないようで、米国・欧州、そして日本には不動産広告に特化したAI規制は存在しません。

AIは不動産業を効率化する道具であると同時に、業界の信頼を切り崩す道具にもなり得ます。その二面性を正面から受け止めた上で、AI活用を議論する必要があるのでしょう。「テクノロジーで業務が楽になった」という話の先に、「では、その情報を誰が保証するのか」という責任も待っています。

AIを活用する様子

木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビッグデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビッグデータを構築し、不動産ビッグデータ、AIを基にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。