Vol.41 不動産売買取引における本人確認等への留意点と対応


私が受けている電話相談でも、不動産取引における本人確認に関する質問を受けることがあります。令和7年3月31日時点の宅建業者数(132,251業者)のうち、従業者数4人以下の宅建業者の割合は84.2%(冊子RETIO 138号68ページ参照)という中で、宅建業法に基づく業務のみならず、犯罪収益移転防止法(以下、犯収法)も踏まえた本人確認への対応にご苦労されている方も多いかと存じます。しかし、犯収法施行前から、不動産取引において、本人確認等は、安全な取引のための宅建業者の必須業務であり、常時、積極的に取り組む必要があると言えるでしょう。
そこで今回は、本人確認等についての実際のトラブル事例を、犯収法の観点も含めて説明します。

トラブル事例から考えよう

<事例>
所有者になりすました者に売買代金を詐取された買主業者が、仲介業者に対し、売主の本人確認を怠ったとして損害賠償を求めた事案

(東京地裁 令和3年10月27日判決 ウエストロー・ジャパン RETIO127-156)

事案の概要

  • A:売主になりすました者
  • B:Aの知人
  • X:買主業者
  • Y1:売側仲介業者
  • Y2:買側仲介業者
  • C:司法書士

平成26年9月6日、A所有の土地の売却依頼を受けたY1は、Aの知人であるというBと初めて会い、Bから物件の説明を受けた。

同年9月8日、Y1、Y2、A、B、買受先は、売買の打合せを行い、同月12日に決済することで合意した。その際、Y2がY1に、Aが決済を急ぐ事情を尋ねたところ、Y1は、Bから聞いた話として、「Aは株の損失を早く補填したい、本件土地の購入も売却も妻に話していないので、Aの自宅に行った場合、この話は壊れる」などと説明した。

同月9日、買受先が購入を見送ったため、Y2は、買主Xに、本件土地の詳細や、前日にY1から聞いた話を説明し購入を打診した。また、同月10日、Y2は登記簿記載のAの住所を訪れ、郵便受けに「A」と記載があることを確認したが、Aと面会を求めることはしなかった。

同月12日、B、Y1、Y2、司法書士C等が立ち会いのもと、XとAとの本件土地の売買契約が締結された。同月16日、XおよびAは、Y1、Y2、C等立ち会いのもと決済を行った。

決済時、Cは、Aに対し、①本件土地の取得時期、②転居前の住所、③Aの娘の氏名と生年月日を尋ねたところ、Aは、①および②にはわからないと回答したものの、③には正しく回答したため、Cは、本人確認ができたものと判断し、XはAに売買契約代金1億8,240万円を交付した。

その後、Cが法務局に申請した本件土地の所有権移転登記が、印鑑証明書、登記済証が偽造されたものとして、同月18日に却下されたため、Xは、Yらに対し、Aに詐取されたXの損害は、少なくとも1億5,240万円になるとして、同額を請求する訴訟を提起した。

売主A(なりすまし)の不審点

売主A(なりすまし)の不審点

判決の要旨

裁判所は、次のように判示し、Xの請求を過失相殺した上で一部認容した。

(1)Yらの注意義務違反の有無

Yらは、Xに対する不動産仲介契約上の善管注意義務に基づき、売主を名乗る者がなりすましであることを疑うに足りる事情がある場合は、運転免許証を確認する義務に加えて、売主の自宅を訪れる、同自宅に郵便物を送付する、売主を名乗る者に本人性に係る不審事由の詳細について尋ね、回答に不自然な点や矛盾点があるか否かを調査する等の方法をもって、売主がなりすましでないことを確認する義務を負うというべきである。

Aが打合せから数日のうちに、Xに高額の資金を用意させた上、取引が壊れるとまで述べて自宅への訪問自体を拒絶するという事実経過は、Aの本人性に係る不審事由に当たるというべきである。

また、Aは、契約締結当日、本人であれば容易に回答できる本件土地の取得時期と転居前の住所を尋ねられ、わからないと回答しており、Aの本人性に係る不審事由に当たるというべきである。

したがって、Aが提示した運転免許証その他の文書に一見して不審な点がなかったことを考慮しても、Yらは、決済日までに、Aについて、住所に郵便物を送付する、直接事実関係を確認するなどの詳細な本人確認を行わなかったことは、仲介業者が負担する注意義務に違反したというべきであり、Xに対して債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。

(2)損害の過失相殺について

Xは、宅建業者として、Aが初対面の取引相手であり、高額の取引であったことからすれば、売主の本人確認を、Yらに任せきりにせず、自ら慎重に行うことを期待されてしかるべきである。しかも、Xは、AがCからの質問に回答できなかった場面を現認していたことから、売主の本人性に係る不審事由の存在を十分に認識し、Aがなりすましであることに気付くことが容易であったというべきであり、Yらに本人確認を依頼している事情を考慮しても、その落ち度は大きいといえ、損害額から7割の過失相殺をするのが相当である。

裁判官イラスト

まとめ

上記裁判例においては、仲介業者が、Aの自宅への訪問拒絶や、契約締結時に、Aが土地取得時期や転居前住所を回答できなかったことなどの不審事由がありながら、Aの住所に郵便物の送付や直接の事実関係確認などを行わなかったことは、仲介業者が負担する注意義務に違反するとされました。

本事案を、犯収法に基づく本人確認手続きに照らすと、運転免許証を確認していることで、対面取引での提示の方法での本人確認手続きは、一応行っていると言えますが、疑わしい取引の届出もすべきであったかと思われます。犯収法における本人確認方法等については、不動産流通推進センターが取りまとめた3分冊の「犯罪収益移転防止のためのハンドブック」や同センターHPで確認できますので、参考にしていただくようお願いします。



一般財団法人
不動産適正取引推進機構
客員研究員

室岡 彰

一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/