Vol.5 建物賃貸借――修繕費用の負担をめぐるトラブル


建物の賃貸人は、雨漏りや設備の故障などで賃貸物の使用・収益に支障が生じたときには必要な修繕を行う義務を負っていますが、契約締結時における賃貸物件の状況や賃貸事情があるなかで契約内容は様々であり、修繕費用の負担をめぐりトラブルが生じています。

トラブル事例から考えよう

事例1. 高額の修繕費用と修繕特約

管理しているアパートの借主Aさんから「風呂釜が故障した」と管理会社Bに連絡がありました。設備業者に見てもらったところ、「この風呂釜は古くて修理対応は危険なので新しい風呂釜に取り換える必要がある」として取替費用12万円の見積りの提示を受けました。アパートは築20年が経過し、各設備も耐用年数を過ぎています。契約書には「風呂釜等の設備が故障したときの修理費用または取替費用は借主負担とする」旨の修繕特約が付されています。Aさんに対し、「修理対応ができず、取替工事費用に12万円ほど必要になること」および「取替工事費用は特約により借主負担となる」旨を伝えたところ、Aさんは「2万円は負担してもよいが、高額の費用を全額負担することはできない。貸主には修繕義務があるのだから、この特約は無効ではないか。早く取り替えてほしい」と言い、貸主Cさんは「借主が取替費用全額の負担を承諾しない限り、工事はしない」と言います。

  • ①借主の修繕特約無効の主張はどのように考えたらよいか。
  • ②貸主が取替工事を行わない場合、借主はどのような対応ができるか。
  • ③管理会社には、どのような対応が求められるか。

01修繕特約の効力〈事例1〉

契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決めることができるので(民法521条2項。契約自由の原則)、修繕を賃借人負担とする修繕特約も原則として有効です。しかし、裁判所は、修繕特約は軽微な修繕について有効であり、大修繕を賃借人負担とする効力まではないと解しています。本事案の12万円の修理費用は軽微な修繕とはいえませんので、裁判上で争うと特約の全部または一部の効力が否定される可能性が高いと思われます。なお、判例は、「修繕は賃借人負担とする」旨を定めた修繕特約は、賃貸人の修繕義務を免除したものであり、賃借人に修繕義務が生じたものではないと判示していることにも留意します(最判昭和43.1.25)。

■賃借人の修繕権限

2020年4月1日に施行された改正民法は、賃貸人に負担義務がある修繕について、賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知しても、修繕をしないときは、賃借人は自ら修繕できることを明文化しました(民法607条の2。賃借人の修繕権限)。本事案においても賃貸人が修繕を実施しないときは、賃借人は自ら修繕工事を実施して、支払った修繕費用については、賃貸人に償還請求することができます(民法608条)。

■管理会社の対応

賃貸人、賃借人は、特約の効力について争うのではなく、費用の負担割合について話し合うことが望まれます。管理会社は、当事者双方に裁判所や法律の考え方について丁寧に説明して理解を求め、解決のための助言、提案を行うことが必要です。

事例2. 前入居者が置いていったエアコンの修理費用

仲介したアパートの借主Dさんから、「エアコンが故障していたので電気店に見てもらったところ、修理に3万円かかると言われたので、管理会社Eに電話したところ『そのエアコンは前入居者Fが置いていった残置物であり貸主は修繕義務を負いません。使用するのであれば修理費用はDさんの負担となります』と言われたが納得できない。修理して使えるようにしてほしい」と連絡がありました。重要事項説明の付帯設備表のエアコンの有無については「無」に〇をつけ、備考欄に「前借主が残置したエアコン有、使用可」と記載しています。

なお、当該エアコンは、Fさんが貸主Gさんから収去義務の免除を受けて置いていったものです。

  • ①貸主は修繕義務を負わないとする管理会社の説明は適切か。
  • ②媒介業者の重要事項説明は適切か。
  • ③修繕トラブル防止のために、どのような対応が考えられるか。

02賃貸人の修繕義務〈事例2〉

当該エアコンは、明渡しに際し、賃貸人が前賃借人のエアコン収去義務を免除した時点で、前賃借人から賃貸人に無償譲渡され、所有権が前賃借人から賃貸人に移転したと考えられます。つまり、当該エアコンは、賃借人が退去時に賃貸人に無断で放置した残置物ではなく、賃貸人に所有権のあるエアコンであり、「このエアコンは、前賃借人の残置物だから賃貸人には修理義務はない」という管理会社の主張は失当となります。賃貸人は賃借人に対し、エアコン付の建物を賃貸しているので、そのエアコンが故障した場合、賃貸人は、当然に、エアコンが正常に使用できる状態にする義務があり、修理費用を負担しなければなりません。

■媒介業者の重要事項説明

付帯設備表にエアコンは「無」と記載し、備考で使用可の残置エアコンがある旨を説明していますが、賃貸人の所有物となったエアコンが設置されている状態で賃貸するのですから、エアコンは「有」として説明することが必要です。

■修繕トラブル防止の方策

譲り受けた前賃借人のエアコン等の設備について、賃貸人が修繕義務を負いたくない場合、修繕特約での対応が一般的ですが、修繕特約の効力は争われるリスクがあります。

修繕トラブル防止の方策として、次の賃借人に賃貸するにあたり、当該エアコン等の設備を無償で賃借人に譲渡する方法が考えられます。賃借人に無償譲渡する場合は、その旨を契約の特約として明記しておきます。なお、賃借人が使用しない場合は撤去することになります。

【賃借人に譲渡する場合の特約例】
  • ①賃貸人は、洋室に設置のエアコンを無償にて賃借人に譲渡するものとし、賃借人はこれを譲り受けました。本エアコンが故障した場合の修理費用は、賃借人の負担となります。
  • ②賃借人は、第〇条の建物の明渡しに際し、前項のエアコンを賃借人の負担で撤去しなければなりません。

村川 隆生

一般財団法人不動産適正取引推進機構 客員研究員
TM不動産トラブル研究所 代表

村川 隆生

1973年大学(法学部)卒業後、住宅、不動産業界で住宅・仲介営業等に従事、2000年12月より一般財団法人不動産適正取引推進機構調査研究部、2016年11月退職、2017年1月より現職。業界団体主催の各種研修会、消費者団体主催の相談員養成講座、その他の講師として全国で講演。宅地建物取引士・一級建築士。著書に『わかりやすい!不動産トラブル解決のポイント』【売買編】【賃貸編】ほか(住宅新報)。