Vol.18 海外の市況と賃貸・売買・投資状況 タイ編③
タイにおける不動産投資時の注意点
海外の不動産賃貸・取引慣行は日本とは異なる点が多くあります。今回はタイで不動産投資を行う際に注意すべき点についてご説明します。
1.タイに進出している日系デベロッパー・仲介業者
バンコクを中心としたタイでは、すでに多くの日系デベロッパーが不動産事業を行っています。事業としてはコンドミニアム開発が圧倒的に多く、主なデベロッパーは三井不動産、三菱地所レジデンス、野村不動産、東急などです。また、最近ではソフト面で付加価値をつけて競争力を高めようとする動きもあり、リストが開発するコンドミニアムは、JRE DEVELOPMENT(JALUXグループ)が建物管理業務・賃貸管理業務を提供することで差別化を図っています。日本人が経営する仲介業者も多く、日本に拠点がある業者としてはスターツが現地法人を開設し、賃貸・売買仲介業務や賃貸物件管理業務などのサービスを提供しています。
2.投資物件の選定から購入まで
日本には宅地建物取引業法があり、重要事項説明書の交付・説明義務が定められているほか、宅地建物取引士(宅建士)資格によって、取引に関わる人材の質が担保されています。これに対して、タイには宅建業法はなく、不動産仲介人のための公的資格制度もないため、現地の仲介業者の質や業者から得られる情報や説明内容にはばらつきがあります。したがって、日本人投資家がタイの物件を購入する場合には、現地の事情に精通している人を除いては現地の日系仲介業者にサポートを依頼することが一般的です。契約が成立した場合の手数料は売買価額の3~5%で、現地の仲介業者から直接購入する場合よりも高くなりますが、物件選定や売買契約締結、登記手続きなどのサポートを受けることができます。
購入時の主なコストは、税金として不動産の移転登記手数料および印紙税がかかります。また、新築物件を購入し、デベロッパーから引渡しを受けた時点での内装や設備は、多くの物件は床タイルとキッチンのシンク、トイレ便器など最低限の内装が施されているだけの状態であり、壁紙の貼り付けなどは自ら行う必要があります。
また、タイの賃貸マーケットにおいては家具・家電付きで賃借人を募集することが通常で、オーナーは物件を賃貸に供する前にソファやベッドといった家具、冷蔵庫やエアコンなどの生活に必要な家電を準備する必要があります。なお、デベロッパーのプロモーションによってはこうした内装や家具などが提供される場合もありますので、どのような条件で引渡しがされるのか、事前に確認(交渉)しておいたほうがいいでしょう。中古物件を購入した場合には前オーナーが所有していた家具や家電付きで売買されるケースもあります。
3.投資物件購入後、賃貸借運営時
購入後は日本と同様に土地・建物税(日本の固定資産税に相当)、所得税といった税金がかかります。また賃借人入居後は、賃料の徴収や賃借人から寄せられるリクエスト対応など、オーナーとして賃貸物件を管理する必要があります。タイのローカルマーケットでは、オーナーと賃借人が直接交渉する「自主管理」が基本ですが、多くの日本人投資家は現地に居住しておらず、言語面でも障壁があるため、日系仲介業者にこうした賃貸物件管理業務を委託することが多いようです。手数料は業者や物件によって異なりますが、賃料の10%程度が標準的です。このほか、毎月かかってくるコストは日本の共益費に相当する管理費です。住戸面積に対して「㎡あたり単価」で計算されることが通常で、1㎡あたり30~100バーツ※1と物件によって幅があります。新築コンドミニアムの場合は登記時に1年分をまとめて請求されることが一般的です。中古コンドミニアムの場合には前オーナーに未納分がないかどうか確認する必要があります。
※1 1バーツ3.39円(8月3日現在)
なお、日本では修繕積立金制度があり、毎月定額を積み立てることで将来的な大規模修繕や建替えに備えます。しかしタイではこのような積立金制度はありません。「Sinking Fund」といって購入時に買い手が一括で将来の修繕のための資金を支払う慣行はありますが、1㎡あたり400~1,500バーツ程度でごく少額です。物件の維持補修に必要なメンテナンスを適切に行っているか、ファンドが十分に確保されているかは建物管理を委託している専門業者によって異なるため、管理会社の日常の業務内容を十分に注視する必要があります。
4.投資物件売却時
売却時に課される税金は、保有期間に応じた源泉徴収税と特別事業税です。日本のように売却価額が購入価額を上回った場合に課税される「譲渡益課税」の制度ではありません。また、売却にかかる手続きを仲介業者に依頼した場合には売買仲介手数料がかかります(売買価額の3%程度)。
5.タイに海外不動産投資をするメリット・デメリット
タイに海外不動産投資をする上で、他の新興国と比較したメリットとしては、圧倒的なマーケットボリュームがあることです。バンコクでは、東京23区(約627㎢)とほぼ同じ範囲に2018年にはコンドミニアムが約65,000戸が供給されました※2。人口の面では、すでにタイの人口ボーナス期は終了していますが、バンコクはタイ唯一の大都市として一極集中が顕著であり、居住人口は今後も増加する見込みです。不動産(コンドミニアム)マーケットとしてはある程度の歴史と実績があり、新興国にありがちな大幅な工期遅延や工事中止、権利証発行まで数年かかる…といったリスクは他の新興国よりは少ないでしょう。また、多くの日系デベロッパー・仲介業者などが進出しており、信頼できる事業者から情報収集し、サービスを利用することで、海外不動産投資につきものの遠隔地投資に対する不安を少なくできることも大きなメリットです。価格面では、日本と比較すると一等地の物件の価格はまだ低く、今後の値上がり余地も見込むことができます※3。
※2 Knight Frank Thailand
※3 日本不動産研究所が実施している国際不動産価格賃料指数調査(2019年10月時点)によると、バンコクを100とした場合の東京の住宅価格は370.4である。
デメリットとしては、他の新興国とも共通のリスクとなりますが、為替変動リスクや、建物の質が低く、漏水やクラックなどの物件の不具合が発生しやすいというリスクがあります。また、一定の範囲における供給量が多いため、エリアや部屋タイプによっては供給過剰となりやすいです。なお、タイのコンドミニアム購入に関しては、タイ現地または日本のいずれにおいてもローンを借りることが難しいことにも留意する必要があります。その場合は購入のための資金を現金で用意しなければならず、低金利の借入れによってレバレッジを効かせた不動産投資をすることができません。
6.最後に
タイの不動産投資にご興味のある方は、まずは現地の事情に精通した信頼のおける専門家や事業者に情報収集をすることから始めることをおすすめします。日本不動産研究所は現地提携先と協働のうえ、不動産鑑定評価・コンサルティングをはじめ、各種サービスを提供しております。
(注)本稿は特定の物件の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではありません。最終的な投資決定はご自身の判断でなさるようにお願いします。
武内 朋生
一般財団法人日本不動産研究所国際部参事。あさひ銀行(現りそな銀行)、公益財団法人国際金融情報センターを経て、当研究所入所。東東京支所(現東京事業部)、特定事業部、海外留学を経て現職。不動産鑑定士、MAI(米国不動産鑑定士)、不動産証券化協会認定マスター、シンガポール国立大学MBA(不動産専攻)。