eラーニングのご紹介
2021.01.14
民法改正が実務に及ぼす影響【賃貸編】-1
全日保証eラーニング研修では、2020年4月1日より施行された改正民法の解説を公開しています。今号では、立川正雄弁護士が講義する「民法改正が実務に及ぼす影響」の賃貸編の内容をピックアップして紹介します。
*受講の際は、アクセス概要(6月号「不動産業に関する“改正民法”を「eラーニング」で学ぼう!」)や、「全日保証eラーニング」内の操作マニュアルを参照してください。
賃貸建物の一部滅失等による賃料減額
◆賃貸物件が一部滅失した場合の賃料減額
小さな事業用ビルを貸しているが、震度6強の地震で建物の階段・エレベーター・冷暖房設備等が壊れてしまい、修理するまで1ヶ月間貸室が使えなかった。テナントから家賃を減額しろと要求されているが、貸主に責任はないと思うが、応じなければならないか?
【注】 震度6強の地震は、「極めて希に(数百年に一度程度)発生する地震による力」(→東京では震度6強~7程度)とされている
(建築基準法施行令第88条3項参照)
- ・震度6強の地震は、「天災地変」であり、貸主にビルの維持・管理に過失はないが、本件のような場合、原則として、テナントの賃料減額請求に応じなければならない。
- ・改正前民法においては、賃貸借契約期間中に、賃貸目的物の一部が賃借人の過失によらずに滅失した場合、賃借人は、その滅失した割合に応じた賃料の減額請求ができると定められていた(改正前民法第611条)。
- ・改正前民法第611条(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)の趣旨
- ① 改正前民法第611条はいわゆる危険負担の考え方を賃貸借の中で定めたものである。言い換えると、借主も貸主も責任がない状態で、賃貸建物が使えなくなった場合、建物を提供する債務を負っている貸主(債務者)が壊れたことによる損失を負担し、借主には家賃の請求ができないとする規定である。
- ② 危険負担とは、貸主の債務である賃貸建物を使わせることが地震という不可抗力でできなかったとき、借主からの反対給付である家賃の支払い義務もなくなる(減額される)と言う考え方。
- ③ 地震で壊れて借家が使えないという「危険=損失」は貸主(家を貸すことの債務者)が負担する(家賃をもらえない)という考え方(債務者主義)と、借主(家を貸すことを請求できる債権者)が負担する(家賃は払ってもらえる)という考え方(債権者主義)があるが、本件では債務者主義(貸家が使えなければ、その損失は貸主が負い、家賃をもらえない)になる。
- ・改正前民法では、借主が家賃減額を請求して初めて家賃が減額される(減額請求しないと貸主は家賃を全額請求できる)形で定められていた。また、この減額請求は、形成権(借主の減額請求で初めて家賃減額の効果が生じる)ではあるものの、その効果は請求したとき以後の家賃減額ではなく、(後で請求しても)建物を使用できなくなった時期からの家賃減額を請求できるものと解されていた。
- ・改正民法では、賃料は賃借人が目的物を使用収益することの対価であり、使用収益ができない以上、当然に賃料が減額されるとするのが合理的であることから、賃借人は何も請求しなくても、一部滅失した時点から、当然賃料の減額を主張できることになった。従って、家賃減額がされる時期については改正前と改正後で変わりはない。
- ・家賃減額について、請求が必要なくなったことに着目して、「民法が改正されると対策が必要だ」と解説する者がいるが、あまりこの違いに着目する必要はない。
- ・むしろ、実務上の問題は、建物の滅失以外に建物設備の故障でも家賃減額ができるとの認識が一般に広まることで、現場でのトラブルが増大することが懸念されることである。
【改正前】 民法第611条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
・賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
・前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
【改正後】民法第611条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等)
・賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
・賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。
◆賃貸物件の使用に支障が生じたことによる賃料減額
真夏に賃貸マンションの給湯器が自然故障で壊れ、部品がなかったため給湯器の交換に1週間かかった。その間、借主は風呂もシャワーも使えない状態が続いた。怒った借主は、1週間分の家賃を払わないと主張している。この主張は正しいか?
- ・1週間分の家賃を払わなくてよいとの主張は正しくなく、「真夏に風呂やシャワーが使えない状態となった」ことにより、使用・収益を妨げられた割合に応じて、賃料の減額請求ができるに留まる。
・改正前民法では、本問のように設備機器が壊れたことにより、賃貸建物を通常に利用できなくなった場合でも賃料の減額を請求できると解釈されていた。 - ・しかし、法文上は、賃借物の一部が「賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる」と定められていたため(改正前民法611条)、実務では、借主から本問のように設備機器が故障したことについて、改正前民法611条を根拠に家賃減額が請求されることはあまりなかった。
- ・ところが、改正民法611条では、滅失以外にも「その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」に家賃が当然減額されるとの規定に改められた。したがって、本問のような場合にも、当然家賃減額が行われるべきだという認識が一般に広まるようになるものと予想される。
- ・この改正を踏まえ、特約の規定や現場の対応をどのようにするかであるが、ある管理業者の団体は、今回の民法改正に合わせ、「風呂が使えなかったら何割、トイレが使えなかったら何割と家賃減額の基準をあらかじめ契約書に定めておく。」という対応を提唱している。
- ・そのような対応策も良いとは思うが、各支障が生じた場合に一律に○%減額で処理ができるか疑問である。また、○%減額を表示するとかえって紛争を招く可能性もあるため、借主が不便な状態ではあったが、一応賃貸建物は使用できた場合には、家賃は減額しない旨を予め定めておき、さらに、たとえば本件のように風呂が使えなかった場合、その期間の借主の対応に合わせ、近くの銭湯の代金を補償するような対応が良いとも考えられる。
- ・また、社員教育として本件のような場合には、現場で借主の立場を考えて、適切な家賃減額(補償)を行い、契約書には何も定めず、トラブルになったら、この民法の規定(改正民法第611条)で解決するという方針を検討している管理会社もある。