Vol.9 事業用建物の賃貸借で借主が目的使用できなかったトラブル
建物の事業用賃貸借において、契約後に借主の目的使用ができないことが判明し、契約の解除や借主に賃料・内装費用等の損害が生じたなどのトラブルになった事案が見られます。事業用賃貸借の媒介においては、建物を借主が目的使用できるかについて、特に注意が必要です。
トラブル事例から考えよう
〈ケース1〉
媒介業者の用途地域等の調査漏れにより、借主が目的使用できなかった
〈事例1〉 用途地域違反
第一種低層住居専用地域
倉庫を、おしぼり工場目的で賃借
↓
行政より是正勧告がされた。
借主は退去。
〈事例2〉 都市計画法違反
市街化調整区域
店舗を、事務所目的で賃借
↓
行政より是正勧告(当該用途の開発許可も不可)がされた。
借主は退去。
〈事例3〉 文教地区条例の用途違反
第一種中高層住居専用地域
第一種文教地区
物販店舗を飲食店営業目的で賃借
↓
上階住人の指摘で飲食店営業不可が判明。借主はやむなく喫茶店営業に切り替え。
〈事例4〉 マンション管理規約違反
区分所有建物
居室をエステサロン営業目的で賃借
↓
管理組合より管理規約違反による店舗使用禁止通知が届いた。
借主は退去。
媒介業者が「用途地域・都市計画区域・条例等」の調査を漏らしたことにより、当該規制によって借主が建物を目的使用できないのに賃貸借契約を締結してしまったという事例が見られます。
借主の建物の使用目的が、用途地域等の規制に抵触しないかは、媒介業者に求められる基本的な調査であり、また、区分所有建物における「専有部分の用途その他の利用の制限に関する管理規約の定め」は、重要事項説明(宅建業法35条)の必要記載事項です。
しかし、各業界団体が提供する「事業用建物賃貸借の重要事項説明書」のひな形では、借主の建物の目的使用に制限がある場合に、「法令に基づく制限の概要」または「用途その他の利用の制限に関する事項」に、個別に当該制限の内容等を記載する書式となっている(売買の場合と異なり用途地域等の記載欄は設けられていない)ため、このような調査漏れがおきやすくなっているのではないかと思われます。
媒介業者は、用途地域等の基本的な調査については、重要事項説明書に記載の必要はなくても、借主の建物の目的使用が可能かの観点から、調査・確認をする必要があることに注意が必要です。
ポイント
●借主が建物を目的使用できるかについての、用途地域・都市計画区域・条例等の基本的な調査は、必ず行う必要があることに注意。
〈ケース2〉
建物に関する建築基準法・消防法等の規制により、借主が目的使用できなかった
〈事例5〉 建築基準法に違反
地下1階倉庫を飲食店営業目的で賃借
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行政への相談によって、建築基準法(避難施設がない)等の規制により、店舗として使用できないことが判明。借主は契約を解除。
〈事例6〉 消防法に違反
住宅を福祉施設の目的で賃借
↓
消防署より、借主の目的使用により建物全体に自動火災報知設備の設置が必要になると指摘され、借主がその設置を貸主に求めたが、500万円の費用がかかるとして拒否された。借主は契約を解除。
倉庫を飲食店にするなど、建物の用途を変更して使用する場合に、契約後に、建物に関する建築基準法・消防法等の規制によって、借主の目的使用ができないことが判明したというのも珍しくないトラブルです。
契約締結前に、借主の目的使用と建物の遵法性についての確認がされていないと、このようなトラブルになる可能性がありますので、媒介業者においては、借主に対して、契約前に、当該建物で借主の目的使用ができるか、建築士等の専門家による確認を行うようアドバイスをすることが重要です。
なお、検査済証が取得されていない建物の建築基準法87条の用途変更申請は、実務上困難なことが多いことから、建物の「検査済証の有無」は必ず確認をしておきましょう。
ポイント
●建物の遵法性の問題から、借主が建物を目的使用できない場合があるので、借主に契約前に専門家による確認を行うようアドバイスをする。
●用途変更がある場合、建物の検査済証の有無は、必ず確認する。
〈ケース3〉
借主が使用目的を明確に媒介業者に伝えていなかったことから、契約後に目的使用できないトラブルに
〈事例7〉 芸能事務所として契約をしたが、後日ダンススクール目的であることが判明
貸主・媒介業者は、借主より芸能事務所として使用すると説明を受け、自治会に当該目的での届出・承認を得て、借主と賃貸借契約を締結した。
↓
契約後、借主はダンススクールスタジオの内装工事をすると媒介業者に届出。媒介業者は、当該目的使用には防音防振工事と自治会への再申請が必要と借主に伝え、その承認に向けて動いたが、自治会は当該使用を承認せず借主は契約を解除。(その後借主は、貸主・媒介業者に損害賠償を請求したが、裁判所は請求を棄却)。
なかには、「建物が借主の目的に問題なく使用できる」と考え、媒介業者・貸主に使用目的を明確に伝えない借主もいます。しかし、契約後に借主の目的使用ができないことがわかった場合、往々にして媒介業者・貸主は、借主から説明責任があったと主張されるトラブルに巻き込まれることがあります。
媒介業者においては、借主に対して、必ず詳しい使用目的の明示を求めるとともに、明示された目的以外については使用できないことがある旨も説明をしておきましょう(後日の証拠として、交渉経緯は営業記録に残しておきましょう)。
ポイント
●借主には詳しい使用目的の明示を求める。
●借主が明示していない使用目的は、建物使用ができないことがあることも説明をしておく。
一般財団法人不動産適正取引推進機構
調査研究部 上席主任研究員
不動産鑑定士
中戸 康文
一般財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)は、「不動産取引に関する紛争の未然防止と迅速な解決の推進」を目的に、1984(昭和59)年財団法人として設立。不動産取引に関する紛争事例や行政処分事例等の調査研究を行っており、これらの成果を機関誌『RETIO』やホームページなどによって情報提供している。
HP:https://www.retio.or.jp/