Vol.29 売買重要事項の調査説明 ~ガイドライン編⑤~
改正民法に反映されなかった最高裁判例
最高裁判例が改正民法に反映された“契約の内容”と“品質性能”という表現がある一方で、「売主の説明義務」に関する事項で、民法に反映されなかった最高裁判例もあります。これを知っておくことは、不動産トラブル防止の上で大切です。
「売主の説明義務違反」は不法行為責任
最高裁は、判決の中で、「契約の一方当事者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは別として、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである」(平成23年4月22日 最高裁裁判長・千葉勝美)と、「売主の説明義務違反は不法行為責任」とした重大判例があります。この不法行為判決という苦渋の判決をする際に、最高裁判所は、次のような「補足意見」を述べています。
「売主の説明義務」は契約法理に準ずるような法規制を!
最高裁判所の補足意見では、「売主の説明義務は、契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法領域として扱い、その発生要件、内容等を明確にした上で、契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり、むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが、それはあくまでも立法政策の問題」としていたのです。
しかし、「売主の説明義務」を「一つの法領域として扱い、その発生要件、内容等を明確にした上で、契約法理に準ずるような法規制を創設すること」として、民法改正審議会が改正民法から排除したということは、今後、改正民法の大失策といわれることになるでしょう。
アメリカの多くの州の民法に、「売主の不動産情報開示書」が条文化されているにもかかわらず、今回の改正民法には、取り上げられませんでした。そうしますと、今後、国内では、皆さんが利用している「売主の不動産情報告知書」は、「売主の信義則上の説明義務として告知する不動産情報」という重要な位置づけが必要となります。
「心理的瑕疵の売主の説明方法基準」は合意が必要!
売主の説明義務違反に関する訴訟の争点は、「売主の説明方法」に関するものが圧倒的に多くなっています。特に、「心理的瑕疵」といわれてきた分野においては、不動産情報に対する認識が、永年居住してきた所有者と新規に居住しようとする買主との間では、大きな差異が存在することから、売主の説明義務違反に基づく損害賠償請求訴訟に発展することがあります。たとえば、売主の曽祖父が昭和の初めに敷地内で自殺していた場合、売主は「古い話だから説明をしなかった」と言い、買主は「古くても、聞いていたら契約しなかった」と言い、これが裁判になると、裁判官ごとに異なる判断が下されます。
この訴訟対策には、あらかじめ、売主と買主との間で、「売主の説明方法に関する合意」を書面にしておくことが有効となります。
「自殺・他殺・火災死亡」の説明方法基準
当事者間で売主の説明方法の合意をするためには、合意書(案)が必要です。そこで、以下のような書面を提示します。
「本物件土地、建物の利用履歴について(本物件敷地および建物以外の場所によるものを除く)
自殺、火災死亡、他殺事件などの場合は、売主は死亡後30年未満のものについて説明をします。ただし、これら以外の死亡において、事件性のないものや7日を経過しての遺体発見などの場合は、売主は死亡後10年未満について説明をします。」
これは、契約締結前の合意書(案)ですので、30年を「戦後の昭和21年以降に」、「平成元年以降に」などと、売主が承諾さえすれば自由に変更をして当事者間合意をすることができます。もちろん売主や仲介業者は、この期間において、知り得た情報については告知義務を負います。ここで30年としたのは、住宅の平均居住年数が30年だからであり、期間は合意の上で自由に変更できます。
ポイント
いわゆる“事故物件”といわれる死因の種類としては、下記の死体検案書に12種類の分類がありますが、“事故”で分類する死因はありません。
<死体検案書>
今回のポイント
- 売主の説明義務違反は不法行為責任にあたります。
- 売主の説明義務違反に基づく損害賠償請求訴訟の対策には、あらかじめ、売主と買主との間で「売主の説明方法に関する合意」を書面にしておくことが有効です。売主の説明義務違反に基づく損害賠償請求訴訟の対策には、あらかじめ、売主と買主との間で「売主の説明方法に関する合意」を書面にしておくことが有効です。
- 当事者間で売主の説明方法の合意をするためには、合意書(案)が必要です。
不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。