宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
不動産取引の実務において、過去に生じた人の死に関する告知の要否や告知内容について、その判断が困難なケースがあります。どのような場合に告知の義務が発生するのか、どこまで調査すべきか、告知する際にはどのようなことに注意すべきか─。これらは個々の宅地建物取引業者によって対応が異なる場合があり、不動産の適正かつ安心できる取引を図るうえで課題となっていました。
このような背景を踏まえ、このたび国土交通省から発表された「人の死の告知に関するガイドライン」について、その具体的な内容や適用範囲を弁護士が解説します。
はじめに
宅地建物取引業者(以下「宅建業者」)が不動産取引に関与するにあたり、過去に生じた人の死に関する事項をどのように取り扱うかについては、基準が明確ではありません。そのため、取引現場に混乱を来たし、円滑な流通、安心できる取引が阻害されているともいわれています。そこでこの秋、国土交通省が、宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインを策定し、宅建業者のとるべき対応および責任に関し、ある程度の指針を示しました。本稿では、ガイドライン制定の背景を確認したうえで、その要点を解説します。
ガイドライン制定の趣旨・背景
宅建業法は、取引物件や取引条件に関する事項であって、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものについて、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為を禁止しています(宅建業法47条1号ニ)。過去に発生した人の死が、買主・借主にとって契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす場合には、故意に事実を告げず、または不実のことを告げたときは、宅建業法違反となります※1。
しかし、個々の不動産取引にあたっては、人の死に関する事案の存在が疑われる場合にでも、そのことが告知すべき事案に該当するか否かは明らかではなく、告知の要否や、告知すべき場合の告知の内容についての判断は困難です。
そこで、国土交通省は、2021(令和3)年10月8日、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」)を公表しました※2 ※3。本ガイドラインは、不動産の取引に際して宅建業者がとるべき対応に関し、宅建業法上負うべき義務の解釈について一般的な基準としてとりまとめられたものです。
※1 宅建業法上の宅建業者の告知義務は、同法47条1号ニのほか、同法31条1項および同法35条1項も条文上の根拠となりうる。
※2 本ガイドラインは、宅建業法上の義務を解釈したものである。宅建業者が本ガイドラインに基づく対応を行っても、民事上の責任を回避できるとは限らない。
※3 本ガイドラインでは居住用不動産の取引が適用対象となっている。オフィス等として用いられる不動産の取引は、適用範囲外である。
調査について
本ガイドラインでは、宅建業者が媒介業務を行うにあたっては、売主・貸主に対して、過去に人の死に関する事案が生じていたかどうかを照会することを想定しています。照会は、告知書(物件状況等報告書)その他の書面(告知書等)に、過去に生じた事案についての記載を求めるという方法により行うことが望まれます。マンション管理業者などが住宅を管理している場合には、管理業者も照会先となります。
他方、人の死に関する事案が生じたことを疑わせる特段の事情がなければ、周辺住民に聞き込みを行ったり、インターネットサイトを調査するなど、人の死に関する事案が発生したか否かを自発的に調査すべき義務はありません。宅建業者においては、「売主・貸主に対して、告知書等に過去に生じた事案についての記載を求めることにより、媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする」と説明されています。
告知について
宅建業者は、売主・貸主等から、過去に、人の死に関する事案が発生したことを知らされ、または自ら発生したことを認識した場合には、その事案が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられるものであれば、買主・借主に対してこれを告げる義務があります(告知の原則)。告知をすべき事項は、事実の発生時期(特殊清掃等※4が行われた場合には発覚時期)、場所、死因(自然死・他殺・自死・事故死等の別。不明である場合にはその旨)および特殊清掃等が行われた場合にはその旨です※5。売買に関しては、時間の経過によってこの義務が消滅するものとはされていません。
他方で、図表の①、②、③の3つの場合には、人の死を告げる必要はありません。
※4 特殊清掃等とは、特殊清掃(孤独死などが発生した住居において、原状回復のために消臭・消毒や清掃を行うサービス)および大規模リフォーム等を指す。
※5 調査や告知の際には、亡くなった方やその遺族等の名誉および生活の平穏に十分配慮し、これらを不当に侵害することのないようにしなければならない。亡くなった方の氏名、年齢、住所、家族構成や具体的な死の態様、発見状況等は、告げる必要はない。
まとめ
本ガイドラインは、人の死が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなる場合の説明に関する基準ですが、どのような事実が相手方等の判断に重要な影響を及ぼすのかの説明はありません。また、人の死が生じた建物が取り壊された場合の土地取引の取扱いや、搬送先の病院で死亡した場合の取扱い、転落により死亡した場合における落下開始地点の取扱いなどは、対象外です。そのため、宅建業者の日常業務における参考資料としての役割は限定されています。
しかし、本ガイドラインでは、自然死や日常生活の中での転倒事故、誤嚥などは告知の必要がないなど、これまで示されていなかった宅建業法における取扱いが明記されました。そのほか、他殺や自死、事故死などの人の死の取扱いは、従来どおり、それぞれの宅建業者が自ら調査や説明を行うべきかどうかを判断する場面が多くなりますが、本ガイドラインで示された考え方を参考にして、適正な取引の実現にご尽力いただきたいと考えます。
山下・渡辺法律事務所
弁護士
渡辺 晋