Vol.39 売買重要事項の調査説明 ~ガイドライン編⑮~
心理的瑕疵に対する実務対策について
現時点で、「売主の告知義務に関する法律」はありません。本号では、人の死を含めて、住宅環境や眺望景観の瑕疵および暴力団事務所に関する心理的瑕疵等の実務対策を検討します。改正民法の「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる」(第521条第2項)ため、「売買の目的物がどのような品質性能を予定していた契約の内容であるか?」ということについて、あらかじめ、当事者間で合意することが求められています。少なくとも、「当事者が合意した心理的瑕疵の内容」は、「契約の内容の不適合」とはならないからです。この合意書は、既に全国で利用されている「売主の不動産情報告知書」に明記されることが推奨されます。
人の死に関する心理的瑕疵について
病死・自然死等や日常生活で起こりえることが予想される不慮の事故による死亡は、心理的瑕疵には含まれません。しかし、遺体放置期間が長期間のため建物に損傷を与えた場合や事件性があるような死亡は、告知する必要があります。そのほか、自殺・他殺・火災等による死亡は、売主による告知が必要です。
環境変化に関する心理的瑕疵について
土壌汚染、水質汚染、大気汚染、騒音、振動等の環境汚染は法令による定めがあり、法令の基準値未満のものについては、個人の感覚は個人差があるため、法令に定める基準値を受忍限度として、瑕疵の有無を判断することになります。しかし、法令で定める基準値以上で、地域住民による紛争が地元で発生している場合は、告知が必要です。
眺望景観・日照等に関する心理的瑕疵について
最高裁は、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者が有する景観利益は、社会の変化に伴って変化する可能性のあるもので、景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない」としているため、景観眺望の変化や日照・通風の変化は心理的瑕疵には含まれません〈ポイント1〉。
ポイント1
平成18年3月30日、最高裁は、国立市の高層マンションの建築工事に反対する住民訴訟において、景観保護を求めた事件で、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者が有する景観利益は、社会の変化に伴って変化する可能性のあるもので、景観利益を超えて“景観権”という権利性を有するものを認めることはできない」と、却下しました。
以上のことを整理すると、以下のような文面で心理的瑕疵の実務対策を行う方法が考えられます。
売主および買主は、人の死に関する瑕疵・環境変化の瑕疵・眺望景観の瑕疵・暴力団事務所存在の瑕疵等の心理的な瑕疵について、以下のような事象は、契約の内容の不適合に該当しないため、売主の告知を要しないことを互いに確認しました。
(1)人の死に関する心理的瑕疵
病死・自然死、交通事故死、転倒・転落死、溺水死、窒息死、中毒死、熱射病・凍死・潜函病・感電・機械による事故・落下物による事故・落雷・地震等による死亡で、日常生活において起こりえることが予想される不慮の事故による死亡が該当します。しかし、売買目的物が損傷するような長期間の遺体放置等により、リフォームや特殊清掃が行われた場合や事件性が疑われるような死亡の場合は、告知を必要とします。さらに、告知を要する事象とは、売買目的物件内において、煙・火災および火焔による死亡、自殺、他殺による死亡の場合であり、当事者が合意した告知すべき期間について、告知が必要です。この場合、隣接地における死亡や共同住宅における日常生活で通常使用しない共用部分における死亡および隣室における死亡については、告知を必要としません。
(2)環境悪化に関する心理的瑕疵
土壌汚染、水質汚濁、地下水汚染、大気汚染、ばい煙、粉塵、有毒ガス、騒音、振動、地盤沈下、悪臭、汚水等の環境悪化に関する瑕疵の告知では、環境保護に関する法令および条例に定める基準値未満のものについては、受忍すべき限度内のものとして心理的な瑕疵には含まれません。これらの基準値以上の環境瑕疵が存在し、地域で住民訴訟がある場合は、売主は知りうる限りにおいて告知が必要です。
(3)眺望・景観・日照・通風に関する心理的瑕疵として売主の告知を要しない事象
「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)の内容は、社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ、現時点においては、景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない」(平成18年3月30日最高裁)。
このような眺望景観の利益の逸失は、心理的な瑕疵に含まれません。また、日照・通風の利益の逸失においても、同様とします。しかし、景観条例等の法令で定められた法令違反の建築物に該当する場合は、告知が必要です。
(4)暴力団事務所等の存在による心理的瑕疵の告知を要しない事象
暴力団および嫌悪団体の事務所は、日常生活において通常利用しない街区に所在する場合や外見から判断をして直ちに暴力団事務所であることが判明しない場合は、心理的瑕疵には含まれません。ただし、近隣での抗争事件履歴は、知り得る限り告知が必要です〈ポイント2〉。
ポイント2
暴力団事務所が存在することによる生活不安という心理的瑕疵は、住民反対運動にも発展します。ただし、日常生活のうえで、通常、利用しない街区の道路に接して存在する暴力団事務所は心理的瑕疵には含まれません。
このように、今後、売主の告知義務の範囲が作成合意されていることが不動産トラブル防止のうえで、有効と考えられます。
不動産コンサルタント
津村 重行
三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。