シニア向け分譲マンションの供給動向から見える時代の変遷
バリアフリー構造やコンシェルジュサービスをはじめ、レストランやフィットネスジムといった共用設備など、高齢者が生活しやすい工夫を凝らしたシニア向け分譲マンション。なかには、クリニックや訪問介護事業者がテナントとして入るものまであります。
このようなマンションが登場して半世紀以上経ったいま、ある変化がみられるようになりました。その動向から時代の移り変わりを追います。
供給動向と実績
株式会社東京カンテイが2022年7月28日時点で調査・分析したシニア向け分譲マンションの供給動向によれば、2023年施工予定分を含め、これまで国内で98物件・14,947戸の供給実績がみられます。供給地域は、東北では山形県のみ、甲信越では新潟県のみ、東海北陸は静岡県・愛知県のみ、中四国では島根県のみ、沖縄県では供給実績がないなど、地域によって偏りがみられることが特徴的です。
シニア向け分譲マンションは、日本版CCRC[Continuing Care Retirement Community/米国で始まった退職後の自立可能な高齢者が、必要に応じて介護・医療などのケアサービスを受けながら持続的に共同で生活する仕組み]を全国で最初に導入した静岡県内事業者などが牽引する形で、1970年代に登場しました。CCRCが地方移住を促進する手法としても有効と捉えられたため、熱海・伊豆のほか、首都圏から比較的近い有名リゾート地を抱える静岡県に、白羽の矢が立ったものと思われます。
現在では、CCRCが各地で導入されたこともあり、静岡県内のシニア向け分譲マンションの新規供給は前世紀中までが中心で、今世紀に入ってからは1物件にとどまっています。2023年中の竣工予定を含む2020年代以降の17物件を概観しましたが、北海道内の2物件も札幌市中央区内であり、いわゆるリゾート地のものはない模様です[図表1]。
「リゾート地から都市部へ」立地変化の背景にあるもの
この背景には、CCRCのみならず、長寿社会の到来があると考えます。少子化の進行によって生産年齢人口が減少する一方で、長命化に伴い、高齢者人口が増大しています。
1970年と2021年の平均寿命を比較すると、男性が12.16年、女性が12.91年伸長しています[図表2]。
12年は干支が一周する期間であり、小学校入学から高校卒業までの年数にあたります。国全体でこれだけ寿命が長くなれば、高齢期の経済活動が拡大・長期化を余儀なくされますので、高齢者の就労意欲も高くならざるを得ません。現役期間自体が長期化した中で、勤務先への通勤を含む日常生活と“地続き”の終の棲家を希望する意向のほか、介護を含む近隣親族との関係に考慮する意向も強まったことが見込まれます。
図表1に記した近時の施工物件のコンセプトにも、「横濱」「大宮」など立地を訴えるキャッチコピーがみられます。
購入者目線で促進材料を調査
国土交通省の定義する高齢者向け住宅は、①有料老人ホーム、②サービス付き高齢者向け住宅、③軽費老人ホーム、④高齢者向け優良賃貸住宅、⑤シルバーハウジングとなります。シニア向け分譲マンションは、これらのいずれにも該当しないため、高齢者向け住宅にまつわる統計などに実態が反映されていません。
そうした背景もあり、今回調べた限りでは、シニア向け分譲マンションの開発や購入にかかる国からの直接的な優遇措置等を見つけることはできませんでした。もしかすると、市区町村などの行政単位では、何らかの措置を施行されているところがあるかもしれませんが、そうしたことを訴えている売主からの情報にたどり着くこともできませんでした。
したがって購入者目線では、一般の居住用住宅と同様に、住宅ローン控除が促進材料の中心になると考えます。このため三大メガバンクにシニア向け分譲マンションを対象物件とした住宅ローン利用を照会しましたが、結果は2行(三井住友銀行、みずほ銀行)が住宅ローンの審査基準や保証条件に合致しないため不可、1行(三菱UFJ銀行)が物件次第とのことでした。
シルバーマーケット展望
また、新築物件の紹介・勧奨サイトにはリバースモーゲージと一体となった宣伝も多数みられました。中には、マンションの資産性を強く訴えると共に、住宅金融支援機構のリバースモーゲージのページにリンクさせている広告もみられたため、支援機構側にも本件にかかる取材を行いました。担当者からは、「機構側としてはあくまでも民間金融機関の住宅ローンの審査内容に沿って機能提供しているため、シニア向け分譲マンションにリバースモーゲージサービス(リ・バース60)がどれくらい使われているか、などのデータは積み上げていない」と返答されました。
よって、購入者の裾野を広げるには、開発事業者や流通事業者から金融機関側に対する“シニア向け分譲マンション向け提携ローン”の締結などの働きかけが必要な段階のようにも思われます。金融実務上では、流通価格がわかりにくい点が担保設定時の支障になるため、価格の透明性を補完する施策が必要なのかもしれません。
その一方で、世界一高齢化が進んだわが国では、今後もシルバーマーケットをにらんだ不動産が供給され続けることが見込まれ、その中にシニア向け分譲マンションも含まれると考えます。金融資産の高齢世代への偏りはかねてより指摘されており、地域・中小金融機関の店舗では、個人預金の半分以上が60歳台以上の預金で占められていることが一般的です。そうした金融資産を当て込み、今後も大都市やその周辺都市で、予算やニーズに応じたシニア向け分譲マンションの開発が進んでいくと見込んでいます。
オペレーショナル・デザイナー
(沼津信用金庫 参与)
佐々木 城夛(じょうた)
1990年信金中央金庫入庫。欧州系証券会社(在英国)Associate Director、信用金庫部上席審議役兼コンサルティング室長、地域・中小企業研究所主席研究員等を経て2021年4月に独立。「ダイヤモンド・オンライン」(ダイヤモンド社)、「金融財政ビジネス」(時事通信社)ほか連載多数。著書に「いちばんやさしい金融リスク管理」(近代セールス社)ほか。
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