文化の力で日本に元気を
京都が文化庁移転に相応しい理由


3月27日、京都に移転した文化庁。中央省庁の地方への全面的移転は全国初で、この移転は東京一極集中の是正に向けた「地方創生」のモデルになると期待を集めます。では、京都市が考える移転の意義とは何でしょうか。担当者に話を聞きました。

文化庁の移転は京都市長年の願い

平安京の遷都以降、1000年以上日本の都として栄えた京都。政治の中心を江戸に移した後も、能・狂言、華道・茶道などの伝統芸能・文化を守り、日本文化の精神は京都にあるといわれています。また、三方を山に囲まれ、町中に鴨川が流れる山紫水明(さんしすいめい)な景色は人々を魅了し、有形、無形の文化財が点在する傍ら、今なお京町家が残る街並みは、歴史的情緒を感じさせます。

「文化庁の京都移転は長年の願いでした」。そう語るのは京都市文化庁移転推進室 第一課長の市田 香氏(以降、市田氏)です。「京都は悠久の歴史の中で、宮廷文化や武家文化、宗教文化、町衆文化等さまざまな文化をそれぞれの時代に作り、時を経て継承しています。また、京都は都が置かれていたこともあり、文化交流の中心でもありました。海外を含め、多くの地域から文化が流入し、京都で熟成され、他の地域に還流される。その中心を担ってきたのです」。

文化庁を移転させる計画は、2014年、安倍晋三政権が「ひと・まち・しごと創生総合戦略」で、「地方創生に資する」政府関係機関を「地方からの提案を受ける形で地方への移転を進める」と決定したことに端を発します。政府は、政策の一つとして中央省庁の地方移転を推し進めるべく、東京圏(東京都市、埼玉県、千葉県、神奈川県)以外の道府県から誘致提案を募集しました。そして2015年、7つの機関に8つの道府県から移転提案が提出され、そのひとつが京都の文化庁移転でした。

ただ、それよりもっと前から京都市は、文化学術関係機関の移転要望をしていたと市田氏は語ります。

図表1:2023年3月27日以降の文化庁の主な体制(イメージ)

2023年3月27日以降の文化庁の主な体制(イメージ)
※ 業務に一定の区切りがつくまでの間、東京において勤務する予定

図表2:各国の文化支出額の比較 [2020年度] 

各国の文化支出額の比較 [2020年度] 

図表3:各国の文化予算が国家予算に占める割合の比較[2020年度] 

各国の文化予算が国家予算に占める割合の比較[2020年度] 
日本は対象6カ国の中で文化支出額が最も少なく、国家予算に占める割合も低い。「文化芸術立国」の実現には更なる充実が必要といえそうだ。

移転の土台を形成した世界文化自由宣言

1978年、京都市は「世界文化自由都市宣言」を行います。これは、文化を基軸とした都市経営を意味し、人種、宗教、社会体制の違いを超えて、世界中の人々が平和のうちに京都に集い、自由な交流の中から新たな文化を創造するという都市理念です。以降、この宣言を政策の最上位に位置付け、2000年初頭の京都市基本構想や京都市基本計画等、文化を基軸に都市経営を進めていきます。そして、文化庁の京都移転の転機となったのが「河合隼雄京都大学名誉教授が文化庁長官に就任されたこと。そして、分室とはいえ、政府の機関が京都に置かれたこと」と市田氏は話します。

河合氏が文化庁長官に就任したのは2002年。同氏はかねてより、東京への首都機能の一極集中は日本社会の将来にとって望ましくないと訴え、日本文化が集積・保存されている関西からの文化振興を唱えてきました。その後「『文化』で関西から日本を元気にする」といった「関西元気文化圏」構想を提唱して移転の好機を手繰り寄せます。しかし、志半ば、河合元文化庁長官は2006年に逝去。その後、志を受け継いだ京都府、京都市、京都商工会議所の人たちが中心となり、関西の自治体とともに京都に分室を残したいと訴え、「関西元気文化圏推進・連携支援室」や「文化芸術創造都市振興室」という形で存続させます。

このように2015年に実施された国の提案募集までに京都市では確かな基盤が確立され、翌年に文化庁の移転方針は決定したのです。

図表4:「関西元気文化圏推進協議会」を設立

関西元気文化圏推進協議会
※現在の構成:経済団体13、企業・団体41、マスコミ31、地方公共団体、文化庁および関係行政機関
2003年8月、河合隼雄元文化庁長官の呼びかけに応じて、「関西元気文化圏推進協議会」を設立。「文化」で関西から日本を元気にする取り組みが開始される。

地方創生に導く地域文化の掘り起こし

では、京都市が提唱する「文化で日本を元気にする」とは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。詳細を市田氏に聞くと「地域文化の掘り起こしによる文化芸術の振興」だといいます。続けて同氏は「河合氏の言葉を借りるならば、『これまで光が当たっていなかった地方文化に光を当て、その魅力に気づいてもらう。沈んでいるものを下からかき混ぜて新しい動きを起こしていくこと』です。地方には素晴らしい文化があるのに、その地域に住んでいる人たちは気づいていないことが多分にあります。中でも生活に密着している文化は、文化という概念から外れてしまうことが多く、その良さも埋もれてしまうのです。

ですから地域文化の掘り起こしという活動を、京都市からスタートさせて全国に広げていくのです。これが“文化による地方創生”の意義であり、今後発信していく京都市の活動が地方のモデルになれば本望です」と話します。

加えて、文化芸術企画課 担当課長の原 智治氏(以降、原氏)は「2017年に文化芸術振興基本法が改正されて、文化芸術基本法として公布・施行されました。法では生活に密着した文化を生活文化と定義づけていますが、法改正によって、生活文化に食文化が追加されました。京都の文化を支えているのは、日々の衣食住などの暮らしの文化だと感じています。文化庁移転をきっかけに、地域に根差した暮らしの文化を活かしたまちづくりを進めるとともに、子どもたちが文化芸術に触れる機会を創出するなど、市民が文化芸術に親しむ機会を創出していきたいと考えています。

すでに令和5年度の予算にも計上済みですが、茶道や華道等、生活文化を重点的に振興、普及啓発する期間を設けて、地元の方のみならず、観光に来た方などに、食文化にも親しんでいただくきっかけをつくっていきます。」と京都市独自の地域文化の掘り起こしの方針について話します。

文化・芸術の継承、保護、発展を目的に制定された主な法律

文化財保護法
1950年施行。1949年の法隆寺金堂火災をきっかけに、有形、無形の文化財の保護についての総合的な法律として制定された。以降、改正が重ねられ、2018年には地域における文化財の総合的な保存・活用について規定された。

図書館法
1950年に従来の図書館令及び公立図書館職員令に代わって制定された。公共図書館の行うサービスを規定し、公共図書館に置かれる専門的職員(司書、司書補)の資格について定めている。

博物館法
1952年施行。社会教育法の精神に基づき、博物館の設置及び運営に関して必要な事項を定めている。博物館に置かれる専門的職員として学芸員、学芸員補の資格について定めている。この法律における博物館は、所管地域の教育委員会の登録を受けたものである。

著作権法
1970年に、現行の著作権法が成立。著作権法では、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送を保護するため、著作者の権利及び著作隣接権を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意するために権利の制限や保護期間についても定め、文化の発展に寄与することを目的としている。

独立行政法人国立文化財機構法
1999年公布。4つの国立博物館、2つの文化財研究所などを傘下にもつ独立行政法人国立文化財機構について定める。

独立行政法人国立美術館法
1999年公布。6つの国立美術館を傘下にもつ独立行政法人国立美術館について定める。

独立行政法人日本芸術文化振興会法
2002年施行。独立行政法人日本芸術文化振興会が、芸術家及び芸術に関する団体の行う芸術の創造や普及活動等を援助し、伝統芸能の保存・振興を図ることを目的としている。芸術文化振興基金を設けて助成や劇場運営等の業務を行うことを定めている。

劇場、音楽堂等の活性化に関する法律
2012年、文化芸術振興基本法の理念のもと施行。劇場、音楽堂等の定義を示し、その設置・運営する者と実演芸術団体等、国、地方公共団体の役割と関係者の連携協力を明確にし、国及び地方公共団体が取り組む事項などが定められている。

文化芸術基本法
2001年に「文化芸術振興基本法」として成立。文化芸術の振興に関する基本理念を定め、国及び地方公共団体の責務を明らかにし、文化政策の基本となる事項を定めている。2017年の改正によって、文化芸術の振興にとどまらず、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業など関連政策も取り込むとともに、「文化芸術基本法」に改められた。

芸術家の創作活動の場に京都市の空き家を活用

京都市は行政の政策として芸術家、音楽家、クリエイターなどが住みやすいまちづくりにも力を入れています。なぜ、京都市が芸術家たちを対象とした施策を打ち出しているのでしょうか。それはかねてより、注目されているボヘミアン指数という指標が影響しています。これは芸術家の集積度を示すもので、ボヘミアン指数が高いエリアは、寛容で、創造的かつ革新的なまちになるといわれており、京都市は政令指定都市のなかでも高い指数を示しています。これら地の利を生かして、力を入れているのです。

原氏は「空き家問題、人口減少の問題も文化の力で解決できないか。そのような目標を立てています。その施策が、若手芸術家等が京都に集い、住み、活動しやすい環境づくりを推し進めることです。そのためには芸術家たちが活動する場所が必要となります。以前から不動産事業者の協力を得ながら若手芸術家と空き家とのマッチングを行ってきましたが、今後は柱としてさらに力を入れていきます。また、企業誘致も進め、京都芸術センターの施設のうち4部屋(8区画分)をスタートアップやソーシャルビジネスなどの企業・起業家向けのオフィスとして貸し出しも実施しています」と述べます。

そして最後に「京都市は今日に至るまで、さまざまな挑戦をしてきましたが、移転を契機にますますその気持ちは強くなると思います。だからこそ、我々と文化庁が歩み寄って政策連携をする必要があります。なぜなら文化の力による地方創生は、東京一極集中の是正だけでなく、人口減少等数々の課題を解決する手立てとなるわけですから」と力を込めて話します。

日本の文化財指定件数

下図を見てみると国宝の約5割、重要文化財の約4割が関西に集中していることがわかる。

このことからも関西への文化庁移転が理にかなっているといえそうだ。

ちなみに京都が持つ世界遺産登録数は1つだが、これはそれぞれのスポットが1つにまとめられ、世界遺産に登録されているためである。金閣寺、清水寺等、全部で17カ所の寺社等で構成されている世界遺産は、平安遷都1200年を迎えた1994年に「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。また、200を超える博物館・美術館が京都にはあり、多くの文化財がまちに溶け込んでいる。

日本の文化財指定件数
出典:文化庁HP(2018年2月1日現在)
室町幕府第3代将軍の足利義満によって建立された寺院で、正式名称は「鹿苑寺(ろくおんじ)」。
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清水の舞台で有名な「清水寺」。国宝や多くの重要文化財が存在し、1200年以上の歴史を持つ寺院。
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京都にある世界遺産の中で、唯一の城である「二条城」。大政奉還の舞台になったことでも知られる。
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