地震から命を守るために
-関東大震災から100年のいま考える-
9月1日は防災の日。今からちょうど100年前、1923年の同日に起きた「関東大震災」にちなんで制定された日です。
この100年で、日本の地震対策はどのように変わったのでしょうか。
過去の震災を振り返り、建築物の対策について考えます。
建築と大地震の攻防
神奈川県西部を震源として起きた関東大震災は、マグニチュード7.9、死者行方不明者10万人以上、住宅被害37万棟以上、経済被害の総額約55億円(当時の国家予算14億円の約4倍)という未曾有(みぞう)の大災害でした(写真1)。
この途方もない被害をきっかけに、日本では建築物の地震対策が本格化しました。つまりこの100年間は、建築と大地震との攻防の歴史とみることもできるでしょう。
関東大震災の翌年(1924年)に、世界初の耐震規則が「市街地建築物法」に制定されました。その後も十勝沖地震(1968年)、宮城県沖地震(1978年)、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)(1995年)など、大規模な震災が生じるたびに建築物は大損壊という形で手痛い敗北を喫してきましたが、その都度、耐震基準改定や耐震技術の革新といったリベンジに挑んできました。
そして2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、国内観測史上最大のマグニチュード9.0という規模であったにもかかわらず、当時の基準による免震・制震性能をもつ建築物のほとんどは、無傷ないし軽微な損傷にとどまるというレベルに到達していました(津波による被害を除く)。
関東大震災以降の100年間という建築と地震の歴史のなかで、日本の建築は、世界に誇る高度な地震対策のテクノロジーと基準を獲得したのです。
「長周期地震動」に弱い地形と建物とは
しかし、「長周期地震動」が起こる地震では、高度な耐震基準をクリアする高層ビルであっても思わぬ被害が生じるリスクがいまだにあります。
長周期地震動とは、船が波に揺られるときのような周期の長い振動のことをいいます。この振動が建物に加える力のリズムと建物の揺れるリズムが同期すると、ブランコをこぐときのように揺れがどんどん増幅していきます。これを「共振」といい、特に高層ビルでは大きな被害が生じるリスクをはらんでいます。
堆積盆地(関東平野・大阪平野・濃尾平野などがこれにあたる)と呼ばれる地形では、地震が「長周期地震動」となりやすいことも判明しています。高層ビルにとってリスキーなエリアと大都市圏の大部分が一致しているわけですから、今後も地震対策の研鑽(けんさん)が必要とされています。
代表的な地震対策
地震から命と安全を守るために、あらゆる構造・形状・規模の建築物において、的確な地震対策をとることは極めて重要です。建築の構造における代表的な地震対策には「耐震・制震・免震」という3種類があります。
① 耐震
建物の構造材を強固に固定し、地震の揺れによる建物の倒壊を防ぎます。「ブレース」「筋交い」などによる補強が代表的です。
いわば地震の力に対し建物の力で抵抗するという対策で、建物は倒壊しにくくなりますが、建物内は大きく揺れる可能性があり、窓ガラス・内装材・家具などの損害は生じる可能性があります。
② 制震
建物に地震の揺れを相殺する構造を組み込み、揺れを低減する構造です。建物に柔軟性を持たせる方法といえます。
なお、揺れの低減にはゴムや油圧構造などを応用した「制振ダンパー」で衝撃を吸収するシステムや、慣性が揺れを相殺する方向に働くよう、建物の最上部付近に錘(おもり)として「マスダンパー」を配するといったシステムがあります。
③ 免震
地震の揺れを建物に伝達しないようにする構造です。地盤と建物の間に「積層ゴム」や「すべり支承」といった、地震エネルギーを絶縁する機構を配する方法が採用されます。建物全体を揺れから守る非常に効果的な方式ですが、導入・メンテナンスにはかなりの費用を必要とします。
④その他の地震対策
近年における高層ビルでは、前述の耐震・制震・免震を併用したり、原理を応用した新しい地震対策を導入しています。
たとえば、積層ゴムによる従来型の免震構造に加えて水による浮力を活かした「パーシャルフロート免震」、上層階を下層階から独立させ、そのジョイント部分に免震構造を配し、ビルの上下がお互いの揺れを打ち消す方向へ働くようにした「BILMUS(ビルマス)」など、斬新な地震対策が開発されています。
「減築×耐震改修」という選択肢も
ここまで紹介した耐震・制震・免震は高度なテクノロジーの所産といえるものですが、新築ではない物件の耐震化を考える場合にはもっとシンプルな地震対策もあります。
それは「減築」です。おおまかにいうと「地震力(地震の時に建物にかかる力)」は建物の重量(以下、W)の20%として計算されるので、減築して建物の重量を軽減すれば、建物にかかる地震力も軽減します。建物の軽量化と耐震強化はイコールではありませんが、建物を「耐震等級2(Wの25%の地震力に耐える性能)」や「耐震等級3(Wの30%の地震力に耐える性能)」へ強化したい場合、耐震改修を減築と併せて計画すれば、その実現度は高まるかもしれません。
事例にみる「減築」
実際に耐震改修に減築を取り入れた事例としては、2019年に完了した「青森県庁の耐震・高寿命化改修工事」が挙げられます(写真2)。この工事の総工費は、180億円から大幅にコストを削減した93億円ほどとなりました。「減築×耐震改修」というプランは、現行の耐震強度にはかなわないものの、長く保存したい建築物の改修手段としては有効な手段の一つとなりそうです。
また「減築」は、フロー型からストック型へシフトする持続可能な社会の一つのあり方として、また2050年に人口が現在比25%減少する※(つまり不動産を含めたあらゆる資産が余剰する)と予測される未来を見据えた地震対策の選択肢として、合理的な対策といえるでしょう。
※ 出典:国土交通省「国土の長期展望」中間とりまとめ概要より
執筆
澤田 秀幸
建築ライター。建築科を卒業後、住宅メーカーの木造大工、大手インテリアメーカーの店舗勤務などを経て、現在はWebメディアを中心にフリーライターとして活動中。