2026(令和8)年1月23日、政府は「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を新たに決定しました。2018年の策定以来、実に7度目の改定となる本対応策ですが、今回はこれまでの改定とは一線を画す、大きな方針転換を含む新たな対策として策定されました。
本稿では、今回の改定の核心でもあり、不動産業界に直接的な影響を及ぼす「土地取得等のルールの在り方を含む、国土の適切な利用及び管理」に関する決定事項について、実務的な視点を交えて解説します。
はじめに
改正の背景
これまでの「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」が「受入れ・共生」の推進に主軸を置いていたのに対し、今回の改定では「秩序(ルールの厳格運用)」が明確な柱として打ち出されました。在留外国人数が過去最高の約396万人(令和7年6月末時点)に達し、社会構造が変化する中、一部のルール逸脱行為や、不動産取得の実態が不透明であることに対する国民の不安が高まっていることが背景にあります。
「所有者の顔が見える」国土へ
国籍把握の義務化
今回の対応策において、不動産実務に最も大きな影響を及ぼすのが、土地・建物所有者の「国籍把握」に向けた制度改正です。これまで、不動産登記法や森林法においては、所有者の国籍を把握する仕組みが必ずしも十分ではありませんでした。しかし、政府は「土地等のガバナンスを適正に進める第一歩は、情報の正確な把握である」とし、関連制度に横串を通す形で国籍把握の仕組みを創設します。
具体的には、不動産の移転登記申請時に、登記名義人の国籍等の情報提供が求められることになります。これにより、登記簿上の氏名や住所だけでは判然としなかった「誰が日本の国土を所有しているのか」という実態が可視化されることになります。また、森林法に基づく届出や、農地法、国土利用計画法においても同様の措置が講じられ、令和8年4月から順次施行される予定です。将来的には、これらの情報を一元的に管理する「不動産ベース・レジストリ」(令和9年度以降整備予定)の構築も視野に入っており、不動産取引における本人確認(KYC:Know Your Customer)の重要性が、これまで以上に高まることは確実です。
マンション市場の透明化と「国内居住外国人」への視点
大都市圏を中心に懸念されているマンション価格の高騰や、実需に基づかない投機的取引についても、今回の対応策では踏み込んだ方針が示されました。従来、外国為替および外国貿易法(外為法)に基づく報告義務は、国外居住者による投資目的の取得等に限定されていましたが、令和8年4月からは、投資目的以外の目的で我が国の不動産を取得した国外居住者についても報告対象となります。
さらに重要なのは、これまで実態把握の盲点となっていた「国内居住者を含む外国人」による取得への対応です。従来の調査は主に国外からの投資マネーを対象としていましたが、不動産登記における国籍把握の制度改正を踏まえ、国内に住所を持つ外国人によるマンション取得の実態調査も進められます。すでに全日本不動産協会では、「登録・購入戸数の上限制限」や「契約・登記名義の厳格化」、「引渡しまでの売却活動禁止」といった投機的取引抑制策を打ち出していますが、政府はこれらの取り組みや実態調査の結果を踏まえ、必要な対応策(取得規制の要否を含む)を検討するとしています。実需層への影響を見極めつつ、市場の健全性を保つためのルール作りが進むことになります。
「安全保障」と「経済活動」の狭間で
令和8(2026)年夏の骨格策定
今回の改定で特に注目すべきは、安全保障の観点からの土地取得ルールに関する議論です。現行の「重要土地等調査法」では、重要施設周辺等の利用状況の調査や規制を行っていますが、事前取得規制までは踏み込んでいません。しかし、安全保障環境が厳しさを増す中、政府は「取り返しのつかない事態」を防ぐため、新たな法制度の検討に着手しました。
具体的には、①対象者を外国人に限定するか否か、②規制内容(許可制、事前届出制など)、③規制対象となる土地の範囲、といった論点について、立法事実(規制が必要となる具体的な根拠)を整理し、令和8年夏までに骨格を取りまとめる予定です。ここでは、経済活動の自由とのバランスや、国際条約との整合性が慎重に検討されますが、水源地や離島、防衛施設周辺などの取引においては、今後、より厳格な確認プロセスが必要になる可能性があります。
法人の「実質的支配者」の把握強化
土地所有の透明性を高める上で、もうひとつの課題が「法人による取得」です。法人名義で登記された場合、その背後にいる実質的な支配者(株主や役員)の国籍が見えにくいという問題がありました。
今回の対応策では、土地所有等情報のさらなる透明性向上に向け、法人の実質的支配者の把握強化が明記されました。これは、マネー・ローンダリング対策(FATF対応)とも連動した動きであり、ペーパーカンパニーを通じた不透明な取得や、脱法的な取引に対する監視が強化されることを意味します。
結びにかえて
不動産業界に求められる対応
今回の「総合的対応策」改定は、決して「外国人排除」を意図するものではありません。政府が目指すのは、ルールを守る外国人が正当に評価され、安心して暮らせる「秩序ある共生社会」です。しかし、「秩序」が強調されたことで、不動産取引の現場には「厳格さ」が求められるようになります。登記申請時の国籍確認、外為法報告の徹底、法人取引における実質的支配者の確認など、コンプライアンス業務の負荷は増すでしょう。
一方で、ルールが明確化されることは、取引の安全性が高まることでもあります。令和8年夏に向けた法整備の議論や、各種制度改正の施行スケジュールを注視し、適切な実務対応を進めることが、不動産事業者に今、求められています。
図表:主な施策の実施予定


行政書士萩本昌史事務所
萩本 昌史
(特定行政書士)
東京都行政書士会所属。消防関連資格を多数保有。大手メーカー在籍中、空港会社で国賓の接遇・国際広報を担当。オフィスビル賃貸会社役員を経て行政書士登録。東京消防庁総監表彰・予防部長表彰・帰宅困難者対策で都知事表彰等。消防・不動産・許認可分野で活躍中。
