コロナ禍で見られた日本人口、地方分散のきざし
コロナ禍の人口への影響は、2020年4月に発令された緊急事態宣言下でのリモート化の進展等により、東京圏の転入超過数が急減し、大きな注目を浴びました。その後、状況はさらに進展し、夏頃からはついに東京圏や東京都は転出超過に転じています。政府は東京一極集中是正を主な目的とする地方創生の好機とみており、移住への政策支援が期待されます。そのため、人口の地方分散はコロナ収束後も続くと思われます。
東京圏、東京都は転出者が軒並み増加
総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」によると(最新データは2020年12月分まで。本稿では特に言及のない限り、日本人の移動が対象)、2020年4月~12月の東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の累計転入超過数は15,687人で、前年同期比の4分の1という大幅な減少を記録しています。東京圏について、2020年4月から12月にかけての毎月の転入者数と転出者数を前年同月比で見ますと、転入者数は6月を除いてマイナスになっており、特に4月と5月は大きなマイナスとなっています。一方、転出者数は転入者数と同様に4月と5月に大きなマイナスを記録した後、7月を除いてプラスに転じています。そのため、8月以降は前年同月比で転入者数はマイナス、転出者数はプラスという形が続いており、東京圏へ転入する人が減少するだけでなく転出する人も増加することで、人口が東京圏以外に分散していることがわかります。
次に、2020年4月~12月の転入超過数について都道府県別に見ますと(図表1)、東京都が前年同期比で大幅に減少している一方で、北関東(茨城県、栃木県、群馬県)や甲信越(山梨県、長野県、新潟県)、地域経済の中心となる大都市を抱える北海道、宮城県、大阪府などで増加が顕著です。
特に、東京都は、2019年4月~12月累計の転入超過数が38,213人ですが、2020年の同期が▲11,199人と転出超過に転じています。
また、東京都について、2020年4月から12月にかけての毎月の転入者数と転出者数を前年同月比で見ると、転入者数は4月と5月にかけて大幅なマイナスでしたが、7月以降は小幅のマイナスにとどまっています。一方、転出者数は5月に大幅なマイナスとなりましたが、6月以降はプラスに転じました。
その結果、毎月1日現在の東京都の人口は2020年5月に1,400万人に達したものの、7月から減少続きとなっており、直近の2021年1月1日現在の人口は1,396万人となっています。
増加が目立つ東京都区部の転出者
転入超過数について21大都市(政令指定都市+東京都区部。データは自治体間移動が対象)を見ますと(図表2)、東京圏の大都市のうち、東京都区部と都心に近い川崎市は、2020年4月~12月の転入超過数が前年同期と比べて大きく減少しました。
そのうち、最も大きく減少している東京都区部について、2020年4月から12月にかけての毎月の転入者数と転出者数を前年同月比で見ますと(図表3)、東京圏、東京都と同様に、8月以降の転出者数の増加が目立ちます。
東京都は近年、都心近くの東京都区部に人口が集中する傾向が見られましたが、コロナ禍で東京都区部への人口集中が一服しているといえます。
東京都区部からの地方分散が顕著に
前述のようなコロナ禍の東京都区部の転出超過を分析するため、移動前の居住地、移動後の居住地別に人口移動を見てみます(図表4。なお、このデータは外国人を含む)。2020年の4月~12月の毎月の人口移動を「東京圏(東京都区部を除く)からの転入」「東京圏への転出(東京都区部を除く)」「それ以外(東京圏以外)からの転入」「それ以外(東京圏以外)への転出」に分けると、8月以降は東京圏(東京都区部以外)への転出者数の増加が大きいほか、それ以外への転出者数も大きく増加しているのがわかります。
企業や大学のリモート化は定着するのか
これまで見てきましたように、人口の東京一極集中はコロナ禍で変化しつつあります。このような人口の地方分散は今後定着するのでしょうか。その鍵となる企業や大学の「リモート化」の今後の動向を推察します。
まず、企業でリモートワークは広がるのでしょうか。
現在、深刻な感染状況を経験した大都市の企業を中心に、徐々にリモートワークの導入が進みつつありますが、深刻な感染状況にない地方の企業への広がりに欠けます。したがって、感染が収束すれば、リモートワーク導入の機運が醸成できない可能性があります。また、人々が生活する上で欠かせない業務に従事するエッセンシャルワーカーを中心に、リモートワークが難しい職種が一部にあるのは間違いありません。
リモートワークが生産性に与える影響は、現段階で定かではありませんが、リモートワークは就職時の企業選びの決め手の一つとなりつつあり、優秀な人材確保を目指す企業にとって、リモートワークは避けて通れないでしょう。そのため、リモートワークは今後も徐々に広がり、就職による人口移動に影響を与えると推測されます。
次に、大学のリモート化は定着するのでしょうか。
大学のリモート化は国公立大学を中心に今なお続いています。ただし、2020年の秋は新型コロナウイルス感染症の流行状況が落ち着いていたこともあり、私立大学を中心に対面型授業に戻り、後期の授業が開始されるのに合わせて、学生も大学に戻りました。実際に、2020年9月の年齢階級別の東京都の転入超過数を前年同月と比較すると、20~24歳や25~39歳は減少しているものの、15~19歳における転入超過数は、後期の授業開始に合わせたように、前年同月に比べて大幅に増加しました(図表5)。
人口の地方分散を考えますと、リモート授業が多い方が良いのですが、文部科学省はリモート授業よりも対面授業を重視していると推察されるため、大学でのリモート化の行方は不透明になっています。
東京圏の転入超過数は久しぶりのマイナスに
2021年の人口動向は、新型コロナウイルス感染症の流行状況や、ワクチンの接種状況とその効果の行方にも左右されますが、当面は3月と4月の人口動向が注目されます。それは、例年、大学への進学や企業への就職により、月別では3月と4月の人口移動が他の月に比べて圧倒的に多いからです。
1月に緊急事態宣言が再度発出されたこともあり、2021年は春まで新型コロナウイルス感染症が収束するのは難しそうです。その結果、大学や企業ではリモート化が進展するでしょう。新入社員や新入学生が通勤や通学のために転居しなくて済むようになり、東京圏への転入者は大きく減少する可能性が高いと見られます。2020年は4月に緊急事態宣言が発出されましたが、1月から3月の東京圏の転入超過数は2019年を上回るペースでした。そのため、2020年の東京圏の通年の転入超過数はコロナ禍にも関わらず、プラスとなりました。
しかし、2021年は3月と4月の人口移動にコロナ禍の影響が及びます。そのため、2021年の東京圏の通年の転入超過数はマイナスに転じる可能性が高そうです。東京圏の転入超過数が通年でマイナスとなるのは、バブル崩壊後の90年代半ば以来となります。
「職場と住まいの切り離し」がもたらす影響
90年代半ば以降、若者、特に若い女性を中心に東京圏への転入超過数が増加しました。若者が望むサービス業の仕事を多く抱える大都市は、若者にとって大きな魅力となっています。とりわけ、大都市の中でもサービス業の賃金の高い東京圏は、大きな人口の吸引力を有しており、新卒者だけでなく、サービス業においてステップアップを図ろうとする転職者に大きなチャンスとなっています。実際に、東京圏は、25~39歳において東京圏以外の政令指定都市や県庁所在地といった地域経済の中心都市からの転入が多いです。
ところが、コロナ禍はそのような状況に転換をもたらす可能性があります。リモートワークが職場と住まいの切り離しに成功しつつあるからです。
東京一極集中是正を大きな目標とする地方創生は「まち・ひと・しごと創生」と呼ぶように、職場と住まいを一体と考え、人口移動のメインである若者に地方に住んでもらえるよう、国や自治体は仕事づくりを大きな目標にしていますが、これまで東京圏の転入超過数が減少していません。しかし、「住まい」が「職場」と切り離されるのであれば、地方居住は今まで以上に容易になるのは間違いないでしょう。
一方、アフターコロナの「住まい方」については、これまで以上に住民の価値観が大きな影響を与えると思われます。単身世帯であれば個人の趣味が住まい方に色濃く反映されるでしょうし、子育て世帯であれば家族の嗜好が住まい方を変えると思われます。
その際、厳しい立場に置かれる可能性が高いのはいわゆる「ベッドタウン」です。ベッドタウンはこれまで、「職場に少し近い」「住居が少し広い」「緑が少し多い」など、郊外や都心と比べた相対的なメリットを「ウリ」に、大きな人口を抱えてきました。しかし、アフターコロナでは住まい方には住民の価値観が強く反映されやすいため、ベッドタウンの相対的なメリットはそれほど大きな魅力とならないはずです。実際に、東京都の月別の人口は2020年5月に1,400万人を初めて突破した後に減少していますが、減少数が多い地域は、世田谷区など都心を除く東京都区部となっています。
不動産業界で予測される変化
コロナ禍はリモートワークを促進し、住まいと職場を切り離しつつあります。リモートワークは、従業員だけでなくオフィスや通勤のコスト減少など企業にもメリットがあり、徐々に進展していくでしょう。そのため、アフターコロナの住まい方は住民の価値観が色濃く反映されると思われます。
不動産業界としては、地域のメリット・デメリットを詳細に把握し、住民の価値観とマッチングさせることが重要になってきます。また、郊外と都心、地方と大都市など違う二地域で住居を構える二拠点居住、シェアハウスとコワーキングスペースを合わせた「コリビング」、毎月定額の家賃を支払えば全国各地の様々な住宅を月単位で利用できる「住宅のサブスクリプション」など、様々な住まい方が顕在化しています。不動産業界としては多様化する住民の価値観を反映させた住まい方を提案していく必要もあるでしょう。
アフターコロナは、約7,000万人に及ぶ就業者の住まいをめぐって、大競争時代に突入します。その際、大都市のベッドタウンの住民が移住する可能性が高く、彼らこそが不動産業界のメインターゲットとなるかもしれません。
みずほ総合研究所 主任研究員
岡田 豊 氏
慶應義塾大学卒業後、現在のみずほ総合研究所の前身である旧富士銀行系シンクタンク・富士総合研究所に入社。地域政策、地域活性化等を研究する。趣味の世界では、2000年のモノポリー世界選手権でチャンピオンに輝き、日本モノポリー協会専務理事を務める。モノポリー大阪版・横浜版の開発を監修し、各地元企業の知名度向上にも貢献。