動き出したスマートシティ構想
〜ソフトウェア・ファーストでつくられる都市〜
2020年1月、米国・ラスベガスで開催された世界最大級の展示会「CES」で、トヨタは未来の実証都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の構想を発表しました。『ヒト中心の街』、『実証実験の街』、『未完成の街』をブレない軸とし、これからトヨタが建設する“実証都市”は私たちに、どのような未来都市を見せてくれるのでしょうか。
構想の発端は10年前の東日本大震災
「CES」での発表から約1年、2021年2月23日に東富士(静岡県裾野市)で着工した「Woven City」。この構想の発端となったのは、2011年の東日本大震災だったといいます。10年前の震災で東北地方は大きな被害を受け、未曽有の災害を前に、トヨタは“何ができるのか”を賢明に模索したそうです。そして出された答えが、東北地方を中部・九州に次ぐ第3の国内生産拠点にすることでした。震災からわずか4カ月後の2011年7月に、トヨタの自動車生産を担ってきた関東自動車、セントラル自動車、トヨタ自動車東北の3社を統合させ、トヨタ自動車東日本(宮城県)の設立を発表します。しかし、東北の復興に力を入れれば入れるほど、同様の役割を担ってきた東富士工場の役割が少なくなっていきました。そこで考えたのが東富士でできることでした。社長・豊田章男氏が導き出したのが、トヨタの未来を担う実証都市をつくるというアイデア。この構想をはじめて従業員に明かしたのは、2018年7月のこと。閉鎖が決まった東富士工場での従業員たちとの対話の中だったといいます。こうして、2011年の震災後から温めてきた構想が「Woven City」という具体的なコンセプトとして実現されることになったのです。
仮想空間で実証するデジタルツインという技術
では、トヨタはどのようにこの構想を実現させていくのでしょう。その核となるのが“ソフトウェア・ファースト”です。これは、簡単に言えばソフトウェアからものづくりをしていくというアプローチです。適切でパワフルなシミュレーション環境下でソフトウェアをテストすることにより、迅速かつ高品質な開発が可能になるとともに、将来的にはソフトウェアアップデートによるハードウェアの拡張が可能となります。例えば、クルマの衝突安全を検討するとき、実際に試作車を用意して衝突実験をするには、多大な時間とコストがかかります。ところがクラウドベースのシミュレーションツールを使えば、わずかな時間で何千通りものソフトウェアのテストを並行して行うことができるようになります。そしてこの手法は衝突安全だけでなく、さまざまな開発に応用できます。同様に、「WovenCity」でも実際の都市をそのまま仮想空間に再現したデジタルツインをつくり、街を建設する前に、街全体をシミュレーションします。デジタルツインとは、これから開発するものをデジタル空間上でシミュレーションする新たな技術で、開発のカギを握ります。従来の都市は、技術や文化の発展に伴い、少しずつ姿を変えながら最適化されてきました。しかし、圧倒的なスピードで技術が進化する現在、都市の変化はテクノロジーの発達に追いつかなくなっています。どんな道を作ればいいのか。どんな住居が暮らしやすいのか。モビリティの姿はどうあるべきなのか。新たな街を建設するのに、そのひとつひとつを試すのは、時間もコストもかかります。しかし、デジタルツインによってこれらの問題は解消されるのです。
荷物を家に届ける自動運転ロボット
これまでトヨタは信頼の置ける高品質なハードウェア(自動車)を量産してきましたが、ソフトウェアに関しては異なるスキルが必要となってきました。そのため、Woven Planet Group(東京都日本橋)で、コネクテッドモビリティ、ロボティクスなどの技術を実証しています。ここで具体的に行われている開発を見ていきます。「Woven City」の物流システムは驚くべきもので、宅配便や新聞、郵便など「WovenCity」内に届く荷物を一度物流センターに集めます。そしてそこから先は、「S-Palette」と呼ばれる自動運転配送ロボットが各戸の前にある「スマートポスト」に届けます。逆に発送する荷物や各家庭で出るゴミは、「S-Palette」が集荷して物流センターまで運搬します。ここで驚くのは、「S-Palette」は物流専用の地下空間を移動するということです。見えないところで荷物が運ばれ、自宅に届けてくれる仕組みをつくっているのです。
「WovenCity」は、人々が生活を送るリアルな環境のもと、自動運転、モビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術などを導入・検証できる実証都市を新たにつくるものとしてスタートしました。そしてその狙いは、人々の暮らしを支えるあらゆるモノ、サービスが情報でつながっていく時代を見据え、「Woven City」で技術やサービスの開発と実証のサイクルを素早く回すことで新たな価値やビジネスモデルを生みだし続けることです。住人、そこに生まれるコミュニティの幸せと成長を大切にし、「ヒト中心の街」を実現するため、住人ひとりひとりの生活を想像しながら、バーチャルとリアルの世界の両方で将来技術を実証することで、「ヒト」「モノ」「情報」のモビリティにおける新たな価値を最大化できるとしています。様々なパートナー企業や研究者と連携しながら、もっといい暮らしとMobility for Allを追求し、新たな街を作り上げていくといいます。
Woven Cityの主な構想
■街を通る道を3つに分類し、それらの道が網の目のように織り込まれた街を作る。
・ スピードが速い車両専用の道として、「e-Palette」など、完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティのみが走行する道
・ 歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道
・ 歩行者専用の公園内歩道のような道
■街の建物は主にカーボンニュートラルな木材で作り、屋根には太陽光発電パネルを設置するなど、環境との調和やサステイナビリティを前提とした街作りを行う。
■暮らしを支える燃料電池発電も含めて、この街のインフラをすべて地下に設置。
■住民は、室内用ロボットなどの新技術を検証するほか、センサーのデータを活用するAIにより、健康状態をチェックしたり、日々の暮らしに役立てたりするなど、生活の質を向上させる。
■e-Paletteは人の輸送やモノの配達に加えて、移動用店舗としても使われるなど、街の様々な場所で活躍する。
■街の中心や各ブロックには、人々の集いの場として様々な公園・広場を作り、住民同士もつながり合うことでコミュニティが形成されることも目指す。
「デジタル」と「クリエイティブ」で
市民が生きる喜びを実感できるまちに
トヨタの「Woven City」の構想発表とほぼ同時期に「スソノ・デジタル・クリエイティブ・シティ(以下、SDCC)構想」を発表した裾野市。デジタルとクリエイティブを軸に進められるSDCC構想は、「Woven City」が見据える方向性と一致しているといいます。構想の詳しい内容と「Woven City」との関わり等について、同市みらい政策課の藤田氏に詳細を伺いました。
デジタル技術の活用等を一般的なものとして捉える
―SDCC構想の概要を教えてください。
SDCC構想は、「Society5.0」や「WovenCity」といった新たな時代の流れを力にするため、「デジタル」と「クリエイティブ」の2つをキーワードに、あらゆる分野の地域課題を解決する次世代型近未来都市を目指すものです。ただ、この構想は行政だけでは実現ができませんので、2020年7月にSDCCコンソーシアム(共同事業体)を立ち上げ、6月15日時点で78事業者等の参画をいただいています。
―構想が生まれたきっかけは何だったのでしょう。
市そのものがスマート自治体に移行する必要があると考えたからです。裾野市は2010年をピークに人口減少の局面に入り、年少人口や生産年齢人口が減少する一方、高齢者人口の割合は年々増加しています。これによって今後、様々な地域課題が増加することが予想されています。そのような状況の中で市民生活をより豊かにしていくためには、ICTインフラと利用環境の整備に加え、市そのものがICT、AI、RPAなどのデジタル技術の活用が不可欠になると考えたわけです。デジタル技術やデータの利活用を一般的なものと捉え、クリエイティブ・マインドを持った人々が協働・連携することによって、イノベーションを起こし、新たな価値を創出するまちづくりを進めていくことを考えています。
―では、取り組みについて教えていただけますか。
SDCC構想は、Woven Cityとの連携をはじめ、産業・雇用、交通・モビリティ、環境・防災、教育・人材育成、健康・医療、農林業、観光・スポーツ、スマート自治体といった9つの分野への対応の方向性を打ち出しています。現在は、これら様々な分野の課題を解決するためにSDCCコンソーシアムの会員とともに実証実験を行い、社会実装に向けた取り組みを行っているところです。
取り組みの中で、耕作放棄地自動判定アプリ「ACTABA」を利用した耕作放棄地自動判定について紹介したいと思います。市では年1回、耕作放棄地のパトロールを行っていますが、その際に必要な地図や帳票など紙媒体での準備や耕作放棄地の現地調査、その後の事務処理をすべて手作業で行っていたこともあり、膨大な時間を費やしていました。そこでサグリ株式会社が開発した耕作放棄地自動判定アプリ「ACTABA」を利用。衛星データから圃場の植生を判定し、AIが学習を繰り返すことで衛星データから耕作放棄地判定を行えるようになります。これによって、農地パトロールを行っている農業委員や市職員の負担軽減につながるか現在、検証を進めています。
「Woven City」の構想で裾野の名が全世界に
―構想の中に、“WovenCityとの連携”とありましたが、どのようなことを実施しているのでしょうか。
行政上の手続き等で支援しています。例を挙げれば、都市計画の用途地域の変更等です。「Woven City」が建設される東富士工場跡地は、工場しか建てられない工業専用地域でした。しかし、これからは当然、住居や店舗が建設され、モビリティが走行するなど様々な用途のモノが入り組んだまちに変化していきます。それを可能にするためには、工業専用地域では実現しません。そこで、静岡県と調整を行い、都市計画の用途地域を準工業地域に変更しました。また、「WovenCity」の最寄り駅となるJR岩波駅の整備も行いました。新駅舎の建設、エレベーターの新設や多機能トイレの設置等のバリアフリー化工事、これまで上下共通でホームを利用していましたが、新たに上り専用のホームを作り、混雑緩和にも努めています。そして今年度から「岩波駅周辺地区まちづくり基本計画」を策定し、駅周辺の整備も行っていく予定です。イメージとしては、裾野の田舎町から近未来都市「Woven City」に向かっていく道中、わくわく感を感じられるような仕掛けを作っていきたいと思っています。
―行政の支援を中心に裾野市全体が活気づいている印象を受けます。
「Woven City」の発表によって、裾野市の名前が認知されてきているということを感じています。ラスベガスで行われた豊田章男社長の発表以降、裾野市の名前がSNS上で話題になったり、問い合わせが増えていきました。日本だけでなく、世界的に裾野市の名前が知られた点は私たちもうれしかったです。
トヨタが従来のモノづくり、自動車を製造するだけではなく、新たな街づくりを自社の敷地内で実証的に行うと公言したことはすごい挑戦だと思います。自動車企業が自動車の枠にとらわれない、様々なことを試して実行する。恐らく、これまでのやり方では満足せず、新しいやり方を見出さなければ未来に生き残れないということを感じたのではないでしょうか。そこは裾野市も同様で、行政も過去と同じように行っていれば問題ないのかと言えば、決してそうではありません。
―行政と民間企業がデジタル志向で改革ともいえる構想を目指す中、今後行うべきことはどんなことだと考えていますか。
市民や地域への理解の浸透だと考えています。豊田社長は「地域との共生が大事」だということを仰っています。われわれも今後のまちづくりを進めるにあたって、同意見です。ただ、Woven Cityについての情報が不足していることもあり、地域には“期待はしているけど、自分にはあまり関係のないこと”といった空気感が少なからずあります。
また、「WovenCity」に関しては、いずれ人が暮らす場所になります。そうなれば、転居してきた人は裾野市民となるわけです。当然、納税やごみの捨て方など、ある程度これまでの市のルールに従っていただく必要もありますが、現行の法制度が支障となる場合には、必要に応じて国県に対して規制緩和の要望をしていきたいと考えています。
SDCC構想9つの取り組みの方向性
1 Woven Cityとの連携
Woven City周辺等の整備及び地域との融合
2 産業・雇用
高付加価値の産業育成・雇用の確保
3 交通・モビリティ
誰もが移動しやすい交通環境の整備
4 環境・防災
災害に強い地域循環共生圏の形成
5 教育・人材育成
グローバル人材の育成とICT環境の整備
6 健康・医療
超高齢社会に対応した健康・医療の推進
7 農林業
持続可能で稼げる農林業の推進
8 観光・スポーツ
富士山麓の「場の力」を活かしたツーリズムの推進
9 スマート自治体
スマート自治体の推進