求められるデジタルシフト
IT重説は生産性向上の一助となるか


不動産業界はDX化が遅れていると言われてきましたが、新型コロナウイルスの影響により、猛スピードで改革が進んでいます。その大きなひとつが不動産取引のオンライン化で、関心を集めているのがIT重説です。コロナ禍での状況下、全日本不動産協会も会員のIT重説への取り組みに、協力は惜しまない姿勢を示しています。ではIT重説で変わることとは―。(一社)住宅・不動産総合研究所 理事長の吉崎誠二氏がこれからの様相等を解説します。

不動産業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)化の現状

不動産業界とくに売買仲介業などは、人的なつながりで業務が進むことが多いため、「デジタル化が向いていないのでは」とも言われてきました。しかしそれは、時代の流れから大きく遅れを取る考え方であり「根本から見直さなければならない」ことでした。昨年から大きな影響を与えている新型コロナウイルス感染症が、こうした考え方を一気に変える要因となりました。不動産業界(とくに不動産流通業界=売買、賃貸)におけるデジタルシフトのうち、各フェーズにおけるオンライン化の現状を見てみます。

1stフェーズ

■売り手(=物件)または、買い手(顧客)の集客

ポータルサイトなどによる物件検索やオンライン価格査定等で、以前からデジタル化が進んでいる領域です。
しかし、物件査定をきちんと行おうとするならば、現場に足を運ぶことは必須です。

2ndフェーズ

■顧客の案内(内見等)

VR内見、オンラインモデルルーム見学等。以前から多少見られましたが、新型コロナウイルスの影響で、営業行為、移動行為そのものに制限がかかることで大きく進みました。あまり細かく物件を見る事の少ない投資用物件、また距離の遠いところに在するセカンドハウスなどでは定着する様相を見せていますが、実需用物件とくに中古物件ではやはり、「実際に見てみたい」という意向が強いようです。

3rdフェーズ

■契約関連

これまで法律で定められていた対面による重要事項説明をテレビ電話などを活用し、オンラインで行う重要事項説明(以下、IT重説と表記)が、これにあたります。これまでの経緯により、少なくとも不動産売買仲介においては、完全なるオンライン化が進むことはまだ当分先で、オンラインとオフラインが共存するスタイル、OMO型になると思われます。

IT重説本格運用までの取組み状況

さて、賃貸におけるIT重説は、平成27年8月から平成29年1月までの社会実験を経て、平成29年10月から本格運用が始まりました。すでに3年が経過し、新型コロナウイルスの影響が加速させる結果となり、かなり浸透してきました。また、売買取引については、法人間売買は平成27年8月から、個人を含む売買は令和元年10月から社会実験が行われ、社会実験期間の延長、検証討論会を経て、令和3年3月30日より、法人間売買、個人を含む売買ともに本格運用が始まっています。IT重説の大まかな流れは、次のとおりです。

事前に売主・買主からの同意を得ます。また相手方のIT環境の確認を行います。その上で、重説書面の電子化(電子書面交付)については後述しますが、重説の実施前に、顧客に対して重要事項説明書を送付します。そして、いよいよIT重説の実施になります。取引士証の提示を画面上で行い、相手方の本人確認も同様に行って、重説の中身を説明します。

重説・契約書の電子書面交付について

賃貸契約における電子書面交付の社会実験は令和元年10月から、売買においては令和3年3月から社会実験が進んでいました。先日デジタル改革関連法案が成立し、この中に宅建業法の改正も盛り込まれました。重説・契約書の電子公布が可能となり、本格運用される見込みです。ただ、社会実験の件数が伸び悩んでおり、最終的な要件がまだ定めにくい状況にあるということです。

IT重説のメリット、社会実験をふまえて

国土交通省が導入の際に公表しているように、IT重説のメリットは、次の4つに集約できます。

①海外を含めて遠隔地顧客の移動の問題を解消できる
②契約に係る費用等の負担を軽減できる
③重要事項説明を行う日程調整の幅が増える
④来店などが困難な場合でも本人への説明が可能となる

IT重説は徐々に定着すると思われますが、いくつかのはハードルがあると思われます。

1つめは、これまでの社会実験期間に行われたアンケート結果を見ると(以下割合はアンケート結果による)、6割以上は投資目的の物件売買であり、個人の実需物件で定着するのか否か。2つめは、1億円を超える物件が2%程度であり、高額物件でも行われるようになるのか。3つめは、IT重説の説明相手方の年齢です。60歳以上の方は約6%程度で、比較的IT環境に不慣れと思われる世代が相手となり得るのか否か。また、重説を行う側(不動産業者)の年齢についても同様のハードルがあると思えます。

最新の社会実験の取組み状況
国土交通省サイト「宅建業法にかかるITを活用した重要事項説明等に関する取組み」を元に作成

最新の社会実験の取組み状況

デジタル化によって今後の不動産業界はどう変わっていくのか

一般的に、デジタルシフトの波を上手く取り入れた企業は、圧倒的に生産性が向上しています。例えば、電話対応からネット対応に変えることで、不動産業界では売買の成約確認や賃貸での空室確認の電話への対応等の時間が大幅に減りました。こうした業務をシステムに置き換えることで、社員の労働生産性が高まり、効率よく働くことができます。

しかし、生産性の向上は価格の低下につながる恐れもあります。日本における不動産流通(売買)の仲介手数料は、3%+6万円(注:上限値、一定金額以上の場合)と手数料率が決められており、サービスの対価としては、「高いのかもしれない」という議論もありました。DX、デジタルシフト、AIの導入…これらはほとんど同じような概念と言えますが、目的は、「生産性の向上」です。その結果、サービス提供料あるいは価格の低下の可能性があるかもしれません。費用低下の恩恵が感じられず、IT重説などデジタルシフトに伴うリスク(例えば、顧客情報の漏洩など)だけが高まるようなことになれば、新しいテクノロジー(=DX)が顧客・消費者の満足度の増加に結び付かないわけですから、たとえ社会全体の動きがデジタルシフトだとは言え、これまでのスタイルが継続されることも予想されます。


吉崎 誠二

不動産エコノミスト
一般社団法人 住宅・不動産総合研究所 理事長

吉崎 誠二

㈱船井総合研究所上席コンサルタント、Real Estate ビジネスチーム責任者、基礎研究チーム責任者、(株)ディーサイン取締役 不動産研究所所長を経て現職。不動産・住宅分野におけるデータ分析、市場予測、企業向けコンサルテーションなどを行うかたわら、テレビ、ラジオのレギュラー番組に出演、また全国新聞社をはじめ主要メディアでの招聘講演は毎年年間30本を超える。