土地利用規制法の制定と不動産取引への影響
今年6月に成立した「土地利用規制法案」。
宅建業者にも少なからず影響があるとされているその内容について、規制の背景や土地の売買に関わること、予想される課題・影響などをまとめました。
土地利用規制法の制定とその背景事情
重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律(土地利用規制法。以下「本法」)が、2021年6月16日に成立しました。施行日は現在未定ですが、公布日から1年3カ月以内に、一部は1年以内に施行されることになっています。
本法は、日本の安全保障環境の変化を踏まえ、重要施設の周辺、国境離島等の周辺における土地等の利用状況の調査、利用の規制等を行う法律です。本法が指摘するような土地の利用規制等は、戦前は外国人土地法等によって行われてきました。戦後も同法自体は存続したものの、適用されない事態が生じていました。その後、国内の場所・施設を問わず、外国人等による土地の所有等は自由に行われるようになってきましたが、従来から問題が指摘され、この20~30年は国の安全保障、重要な施設の防衛、離島の防衛、重大な犯罪等の緊急事態が現実に発生しています(拙稿「外国人の日本国内の土地取得と土地法制度上の根本問題」土地総合研究2014年秋号)。
バブル経済の崩壊後、日本の土地は価格が下落し、高齢化の急激な進行等によって全国各地で放棄地、所有者の不明地等が増加しています。さらに、日本の土地が様々な目的で買われる時代になったこと等から、国の安全保障等を阻害するおそれのある土地の所有、取引が懸念されるようになってきました。
日本の私有地は、当然のことながら国土の必要不可欠な一部です。しかし、現代社会においてはこの重要な認識が忘れられているかのような事態も見受けられます。
土地利用規制法の概要と不動産取引との関係
本法の概要を不動産取引に関係する分野を中心にして紹介すると、下記の規定が挙げられます。
- 本法の適用範囲は、外国人、外国法人のみを対象とするものではないこと
- 本法による防止の対象は、重要施設の周辺の区域内及び国境離島等の区域内にある土地等が、重要施設または国境離島等の機能を阻害する行為の用に供されることであること
- 規制の対象となる地域として、注視区域、特別注視区域が指定されること(5条、12条。なお、特別注視区域は、注視区域のうち特定重要施設、特定国境離島等がある場合に指定され、その区域は、注視区域の変更に連動します。12条6項)
- 対象不動産は土地と建物であること
- 注視区域に指定された場合、土地等利用状況調査(6条)のための利用者等関係情報の提供(7条)、報告または資料の提出(8条)、土地等の利用者に対する勧告及び命令(9条)、損失の補償(10条)、土地等に関する権利の買入れ(11条)の各規定による規制を受けること
- 特別注視区域に指定された場合、注視区域の規制のほか、土地等に関する所有権等の移転等の届出(13条)の規定による規制を受けること
- 規制の違反者、違反の行為者の属する法人について罰則を課すること(25条ないし28条)
これらの諸規定のうち、注視区域における規制をより具体的にみると、6条、7条の場合、利用者等が直接義務を負うものではなく、調査等の対象になること、8条の場合、利用者等関係者は調査のための報告、資料の提供を求められることがあること、9条の場合、内閣総理大臣は、第一段階として、前記の機能阻害行為の用に供し、または供する明らかなおそれがあると認めるときは、土地等の利用者に対し、土地等を当該行為に供しないこと、その他必要な措置を勧告することができ、正当な理由がなく勧告に従わなかったときは、その者に対して当該措置をとるべきことを命ずることができること、10条は、前記勧告また命令を受けたときは、損失の補償を受けることがあること、11条は、勧告等があり、土地等の利用に著しい支障を来すこととなるときは、土地等の所有者が時価による買入れの申出をすることができ、特別の事情がない限り、買入れることになるというものです。他方、特別注視区域における規制をより具体的にみると、注視区域の規制を受けるほか、13条は、特別注視区域にある土地等につき一定の小規模のものを除き、土地等の所有権の移転等の契約(予約を含むが、例外も予定されている)を締結する場合には、当事者は、事前にその氏名等、所有権等の種別・内容、利用目的等を内閣総理大臣に届け出ることが義務づけられ、その届出の内容の真偽が調査されるというものです。
土地利用規制法の機能と今後の課題
本法は、国土のうちの国の安全保障等に関係する重要な土地等につき注視区域・特別注視区域を指定し、注視区域においては土地等の利用者等に利用規制を課し、特別注視区域においては、この規制に加え、所有権等の契約の締結の際に事前に届出義務を課し、場合によっては罰則を科すことも定めるものです。このことは、これらの区域における不動産の取引において影響を及ぼすものです。本法の定める土地等の所有権、利用権に対する規制は、その必要性・内容・程度に照らすと、土地の公共性、公共の福祉のための内在的な制限で、合理的なものであり(憲法29条2項、民法206条参照)、従来野放図に放置され、後手に回っていた問題に対して必要な最少限度の規制を定めたものです。
今後、本法の制定の背景になった流動的な国際環境等にさらに重大な変化が生じる等した場合には、迅速な適用だけでなく、必要な法改正によって的確、柔軟な対応ができるようにすることも課題です。本法は、必要な規制の第一歩であり、過大な制限ではなく、遅ればせの規制であるといえます。
土地等の取引においては、取引に関与する事業者としては、まず、安全保障等に関係する地域に注目しつつ(国境の島部、本州等4島の海岸線、自衛隊等の施設等)、注視区域、特別注視区域を確認し、取引の当事者が誰であるか等を確認した上で、これらの区域内において前記内容の利用制限、所有権等の契約締結前の届出規制があることを説明することが必要かつ重要になります。なお、本法は、通常の社会生活、社会活動、経済活動を行う者にとっては何らの制限、制約はありません。
土地等の取引の当事者の中には、名義貸し、ダミーの利用、取引目的等の虚偽の説明、利用状況の偽装、違法行為の仮装等が行われる可能性が相当にあるため、不動産の事業者としては、取引の目的・内容、当事者の属性、土地の所在、周囲の状況等の事情を様々な方法で確認し、適正な取引であるかを判断することが必要になります。当事者が安易に不正な取引、利用を行った場合には、これに加担したものとして責任が問われる可能性があります。
升田純法律事務所 弁護士
升田 純
第一東京弁護士会所属。74年農林水産省入省、77年東京地裁判事補、最高裁判所事務総局総務局局付、福岡地裁判事、福岡高裁職務代行判事、東京地裁判事、法務省民事局参事官、東京高裁判事を経て、97年退官。弁護士登録。聖心女子大学教授を経て中央大学法科大学院教授。