マンションオーナーの管理トラブル体験録
~賃貸入居者が死亡した場合の対応~


賃貸住宅のオーナーにとって、今最も怖いものの一つが入居者の孤独死だと思います。単身の入居者が亡くなった場合どうすればいいのか、オーナーはもちろん、管理会社でさえもそのノウハウを詳しく知っている人は少ないでしょう。それぞれに様々な事情があり、その分、解決策も多岐にわたるものと思われますが、参考として実際に入居者の死亡によりトラブルに見舞われた事例をご紹介します。

帰らない入居者

オーナーチェンジで賃貸併用住宅を取得して十数年。賃貸物件を管理していると、様々なトラブルに見舞われます。中でも大変だったのは数年前のとある事件でした。1DKに住むSさんが、救急車で運ばれたまま4カ月間も帰って来なかったのです。

Sさんは、オーナーチェンジ前から当物件に住む最古参の1人で70代前半。私たち家族が越してきた時はまだ仕事もしていて、保証人欄には息子さんの名前がありました。同じく最古参であり生活保護で暮らしている60代の女性・Wさんの話によると、昔離婚をされたそうです(実は、このWさんが後々超重要人物になります)。

時が経つうちにSさんは会社を辞め、息子さんと喧嘩をして保証人から外れることになったため、保証会社を利用してもらいました。あまり外出をしなくなったからか足腰が弱り、3階の部屋に行き来するのがつらそうでした。また、「病気になったので仕事ができない。生活保護をもらうにはどうしたらいいか」とWさんに相談していたとのことです。

ちょうど1階のWさんの隣の部屋に空きが出て、リフォームをしようと思っていたところだったので、リフォームが済んだら1階に移ってはとSさんに提案してみました。とてもうれしそうに承諾してくれたのを覚えています。契約書を交わし、後はリフォームが終わるのを待つだけとなっていたある日、突然家の前に救急車が止まり、その日からSさんは帰って来なかったのです。

個人情報保護法の壁

Sさんが救急車で運ばれたのは7月下旬。しかし、リフォームが完了しても、いつまで経ってもSさんは帰って来ません。Sさんの部屋から食べ物が腐っているような臭いがするし、虫も大量発生しました。何とか本人に部屋への立ち入り許可をもらえないかと手を尽くすことにしました。

まず、管理会社から自治体の生活支援課に連絡してもらいました。答えは、「確かにSさんを担当しているが、個人情報なので何も教えられない」とのことでした。以前保証人だった息子さんは、「自分は相続放棄したから一切関係ない」。また、入院しているであろう病院からも、個人情報保護のため教えられないと言われてしまいました。

痛かったのは、1部屋だけならまだしも、1階と3階の2部屋が膠着状態になってしまったことでした。銀行に貯えがあったのでしょう、幸いSさんからの家賃の振り込みは続いていました。けれど、これがかえって「Sさんは長期入院している」と私たちが思い込んだ原因でもありました。

とうとう11月になり、直接生活支援課に連絡をしましたが、やはり個人情報なので教えられない、の一点張り。しかし、こちらも本当に困っているので事情を説明して食い下がりました。行政の返答は以下のようなものでした。

Sさんは入院直後に亡くなっていて、元妻と息子に面会したが「遺骨もいらない、相続は放棄する、誰にも何も言わないでくれ」と言われた。そして「生活支援課としては、対象者が亡くなった時点で仕事は終わりでもう関係ない」とのこと。私は不動産投資を個人事業としてだけでなく、社会貢献の一環と考え、高齢者や生活困窮者の入居も断らずにやってきました。ひと言、亡くなったことを教えてくれるだけでよかったのに……、と悔しい思いでした。

結局、その後保証会社に連絡をして、費用はすべて会社持ちで遺品を全部引き払ってもらうことができました。しかし、息子さんが相続放棄したと言っていても、相続権のある人がほかにいるかもしれないし、電話で、しかも又聞きしただけの内容で、処分を進めてしまっていいものか、賃借権や残置物の所有権はどうなってしまうのか、色々と悩みました。保証会社によると、最近は単身者の遺品処分が非常に増えているそうで、何かトラブルがある場合に備えて3カ月ほど遺品をレンタルルームなどに保管しておくとのことでした。何となくしっくりこない、グレーゾーンでの解決となりました。

もしも何も知らなかったら……

今回のケースでは、本人が救急車を呼び病院で亡くなったこと、保証会社が入っていたこと、そして特にWさんがSさんと交流をしてくれていたことで、最悪のケースは免れました。もしも、Sさんが生活保護受給者となったことなどを知らなかったらと想像するとぞっとします。オーナーとして入居者の情報をある程度把握しておくことは、とても大事なことだと再認識させられた一件でした。また、生活保護受給者のケースでは、行政側も対応を明確にしておく必要があると考えます。

国交省および法務省が残置物の処理に関するモデル契約条項を策定

先日、単身高齢者の居住の安定確保を図るため、国土交通省・法務省において「残置物の処理等に関するモデル契約条項」が策定されました。賃借人が死亡した場合の契約関係を円滑に処理することができるよう、あらかじめ「受任者」と賃借人が委任契約を結び、①賃貸借契約の解除事務、②残置物の処理事務を委任するというものです。60歳以上の単身者が入居する時を想定してつくられたもので、すでに入居している賃借人に関しては委任契約を促すことは難しそうに思われますが、高齢単身者の賃貸物件への入居拒否が社会問題となっている中で一つの道筋を示したものといえます。

残置物の処理等に関するモデル契約条項:https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000101.html

残置物の例
残置物の例
Sさんの残留物。物があふれかえり、食べ物が腐敗したような臭いや虫の大量発生により、近隣住戸への被害も心配された

建築イラスト

殿木 真美子

住宅ジャーナリスト。戸建て、マンション、不動産、マンション管理、リノベーションなど住宅関連を幅広く取材。自身も1棟ものの賃貸併用住宅のオーナーとなり、不動産経営をしている。