不動産契約・電子化の流れは不可逆である
2021年5月、宅地建物取引業法の改正を含むデジタル改革関連法案が成立。
2022年5月からは不動産の売買や賃貸契約時における契約時重要事項の対面での説明と記名押印の義務が撤廃され、不動産契約の電子化がスタートする予定です。
この法改正に中小不動産事業者はどのように対応すればいいのでしょうか。
賃貸を中心とする不動産事業者に向けて集客戦略・人材戦略の立案サポートを行うプリンシプル住まい総研所長 上野典行氏に話を聞きました。
大手事業者の電子契約化を無理に追随する必要はない
不動産契約における押印の廃止と電子化に関しては、以前からポジティブな勢力とネガティブな勢力の両方の意見がありました。2017年からは賃貸で、2020年からは売買でそれぞれビデオ電話ツールを用いたいわゆる「IT重説」がすでに解禁されていますが、その際もネガティブな勢力の人達からは「IT化やDXの推進についていけない中小の事業者にとっては厳しい」という意見が上がりました。
確かに、新しい仕組みを取り入れる際には大手の方が有利な状況が少なからずあります。例えば、札幌から東京に進学や転職で引っ越すことになった人が引っ越しの2カ月前に東京に部屋探しに来て、IT重説に対応していない事業者のもとで理想の部屋を見つけて、申込みをしたとします。審査が下りる前に札幌に帰らなければいけないため、押印は審査完了後に郵送でやりとりすることにして、とりあえず重説だけは対面で行い帰っていただく。しかし札幌に戻った後、審査に落ちたことがわかってしまった。お客様側はもう一度東京へ行く時間的余裕もなく、札幌にいながら別の物件を探します。その際、物件は無事に見つかるかもしれませんが、重説はどうするのかという問題が発生するでしょう。そんな時、大手であれば札幌支店の従業員に代わりに重説を頼むといった対応ができますが、中小企業の場合はわざわざ札幌まで重説のためだけに出向くか、宅建資格を持つ現地の知人に頼むしかありません。しかし、いずれの方法にしても物理的な出費が発生します。こうした点から見れば確かに大手のほうが有利だと言えます。IT重説は、遠隔地に店がない中小こそ必要なのです。
しかし、電子契約まで、中小企業が無理をして慌てて導入する必要はないでしょう。月に1〜2件売買仲介をすれば十分にやっていける。それで仕事に困っていないというのであれば、慌ててデジタル化に乗り出さなくても事業を継続できるはずだからです。
不動産業界のDX遅れは大きな誤解である
不動産業界はDXが遅れているとよく言われますが、私に言わせればそれは大きな誤解です。賃貸の世界で言えば、【図表1】で示したように世の中にある賃貸物件の管理戸数の47%は上位10社が管理しています。そして、その上位10社はすでに電子申込みには対応していますので、おそらく来年5月からの電子契約の解禁にも必ず対応するでしょう。つまり、世の中に出回っている賃貸物件の約半数は来年の法施行と同時に電子契約化されるということです。
この数字をもって「不動産業界のDXが遅れているということ」は言えないと、私は思っています。上位事業者で対応が進めば中間層の事業者でも自然に電子契約化が進み、さらに比率は上がるでしょう。DXが遅れていたのではなく、これまではただ法律が邪魔をしていたというだけなのです。
一方、不動産テック企業の人たちはみな口を揃えて「この業界はレガシーだ」と言いますが、それは彼らが【図表1】の501位以下の層、社員2~3名で管理戸数2,000戸未満の中小企業に営業をかけているからです。この層はマーケット全体から見れば6%ほどしか占めていません(図表1の赤枠)。
先ほども触れた通り、私はこの層の事業者は無理に大手を追随し電子化する必要はないと考えています。しかし、たとえば事業承継を考えているような場合は「時代やマーケットはとっくに動いている」ということを理解しておかなければいけません。長期的に見れば間違いなくすべての契約が紙から電子に置き換わると考えられるからです。
実際、オンライン内見やVR内見、自動返信での物件紹介やお客様とのチャットでのやりとりなど、生産性を上げる取り組みは業界に浸透してきています。また、新型コロナウイルスの感染拡大が非対面の営業活動を促進したように、IT化には本来関係のない要素もIT化を促す時代であることも知っておく必要はあるでしょう。
賃貸契約はいずれ電子契約が普通になる
現在すでに業界での浸透が進んでいるIT重説。その流れは大きく7つのステップで進んでいきます。
- ①空室問合せの際にお客様がIT重説を希望
- ②審査が通過したら事業者が重要事項説明書を作成し取引士が記名押印
- ③作成した重要事項説明書2部をお客様に発送
- ④お客様が書類を受け取り
- ⑤ビデオ電話で重要事項の説明を実施
- ⑥お客様が内容を確認したうえで記名押印
- ⑦説明書2部のうち1部を返送
電子契約を取り入れると、このうち赤色の部分②~④と⑥⑦がなくなります。「会社を大きくしていきたい」「郵送の手間を省きたい」「事業承継を考えている」などといった場合は、電子契約を取り入れてこの工数を削減することが大きなメリットとなるでしょう。
もう一つ、電子契約導入のメリットとしてあるのがオーナーへの対応の部分です。オーナーはご高齢の方が多いですから従来通り紙の契約をご希望される方もまだまだ多いと思いますが、一部のオーナーの中には確定申告用の資料をデータで送って欲しいという方もいらっしゃいます。また、オーナーが亡くなって息子さんが相続をすると一気にIT化への適応が進むでしょう。場合によっては電子契約を導入している管理会社に乗り変えようと考える2代目オーナーもいらっしゃるかもしれません。オーナー向けアプリなど便利なツールも出始めていますから、オーナー側のIT化に事業者が置いていかれないように対策をする必要がありそうです。
もちろん、電子契約に対応できないからといっていきなり明日倒産するというような話ではありませんので、無闇に煽るつもりは私にはまったくありません。車を買う時、電子契約ではないからという理由だけでA社の車をやめてB社の車にしようという人がいないのと同じで、いい物件があれば事業は続いていくはず。ただ「時代遅れの会社だな」と思われる可能性があるぐらいです。
しかし、今回の法改正に伴うデジタルへの移行は不可逆的なものです。メディアの主流がラジオからテレビ、テレビからインターネットに移ってきたように、現金払いの機会が減って電子マネー払いが主流となりつつあるように、連帯保証人から家賃保証会社に賃貸の保証の仕組みが変わったように、一度多くの人が便利と感じたものがもとに戻っていくことはまずありません。不動産の契約も長期的には必ずすべて電子契約に置き換わるということを理解しておくべきでしょう。
上野 典行
プリンシプル住まい総研所長
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、株式会社リクルート入社。求人広告の営業・制作を経験の後、リクルートナビを開発。2002年より、住宅情報タウンズのフリーペーパー化を実現し、編集長に。2011年12月同社を退職し、プリンシプル・コンサルティング・グループにて2012年1月より現職。現在全国で講演・執筆・企業コンサルティングを行う。