身近な財産を水害から守る手段をハード面から考える


近年全国的に増加している水害。
被害総額の内訳をみると、大部分を占めるのは個人の住宅や家財などだといわれています。
既存の建物でも少しの工夫やリフォームにより、万が一、床上浸水に見舞われた際にも助かる確率をアップさせる方法はたくさんあります。
そこでここでは、家族の命や大切な家財を守るためのハード面での具体的な対策を紹介します。

今、水害リスクへの即応性を高めるべきこれだけの理由

約2兆1,800億円――これは令和元年における水災害の全国の被害総額で、統計開始以来ワースト1位の被害額となりました(図表1)。日本では1時間に50ミリを超える短時間強雨の発生件数が30年ほど前と比べて1.4倍になっており、今後その発生件数は2倍以上に増加することも予測されています。このような事実は、残念ながら水害が以前よりも身近なものとなりつつあることを示しています。

図表1 1年間の水害被害額(名目額)

1年間の水害被害額(名目額)
出典:国土交通省プレスリリース
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001396912.pdf

水害の起きやすい都市や住宅地に目を向けると、現在では3,500万人以上の人が「洪水浸水想定区域内」に生活しており、都市機能の中心部もそこにあるという現実があります。

つまり、これから起こりうる水害から身近な財産を守るにあたり、⑴水害はさらに増加・深刻化する可能性が高いこと、⑵すでに都市は水害の高いリスクにさらされている、ということを念頭におく必要があるのです。

水害は“いつどこで起こるか分からない”というものではなく、比較的に対策を講じやすい災害であるといえるでしょう。「心構え」や「避難訓練」のようなソフト面での備えももちろん重要ですが、私たちの身近な財産、ひいては身の安全を災害から手堅く守るため“ハード面”でも十分な防災機能の実装を検討していく必要があります。

財産を守るため、私たちにできる災害対策

では私たちは起こりうる未曾有の水害を相手取って、身近な財産を守るためにどんな手札を切ることができるのでしょうか?私たちにできる水害対策を「①避ける」「②守る」「③復旧する」という3つのポイントに分けてご紹介します。

①避ける
完全にゼロにはできない水害リスクを可能な限り低減していくための対策のプロセスは、やはり「情報収集」から始まります。自分が管理する土地や建物といった財産を守るため、周囲にどんな水害リスクがあるかを把握するには次のような情報を活用できます。

[重ねるハザードマップ]

国土交通省が提供するオンラインサービスで、水害に関するあらゆる情報を一つの地図に重ねて表示できる優れたハザードマップです(図表2)。このマップ上には「洪水浸水予定区域」「家屋倒壊等氾濫想定区域」「区域ごとの浸水継続時間」などが表示でき、土地ごとのリスクの特徴を把握するのに役立ちます。

図表2 重ねるハザードマップ

重ねるハザードマップ
サイト:https://disaportal.gsi.go.jp/maps/index.html

これらの情報の中でも、とりわけ「想定浸水深」と「浸水継続時間」のシミュレーション情報は浸水対策を検討する上で重要な役割を果たします。

[浸水実績図]

過去に実際に浸水した地域を表す地図で、各都道府県が建設局などを通して作成・公開しています。

[治水地形分類図]

国・都道府県が管理する河川の流域で扇状地・旧河道・埋め立て地など、治水対策を講じる上で重要な地形・工作物などを表示する地図で、国土交通省の国土地理院が作成・公開しています。

②守る

無論、災害時に最優先されるのは人命と身の安全ですので、水害の危険があるなら人間は避難を最優先し、人間がすべて避難した後でも財産を最大限守れる機能を建築物に実装しておくことが重要になります。

[大型施設における水害対策]

水害発生時、大型の施設で重点的に守るべきなのは電気設備です。詳しくは国交省と経済産業省が令和2年6月に発表した「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」に記述されていますが、このガイドラインでは「電気設備は想定浸水深以上へ移設すること」、また移設が不可能な場合には次のような浸水対策を講じることが主なポイントとして挙げられています。

・電気設備の周囲に水防ラインによる防水区画を設定する
・出入口やドライエリア(空堀り)など、洪水の浸入口を嵩上げする
水防ラインとは主に守るべき重要なゾーンを「壁+止水シャッター・止水ドア」などの防水設備で囲い、防水区画化することを指します。

[住宅・中低層集合住宅などの水害対策]

比較的小規模な建築物であれば、土地のかさ上げや、ピロティによるフロアレベルの高床化などが水害対策の定石となります。これらは設計段階から折り込んでおかなければならない対策ですが、すでに建っている無防備な建物でも、「隙間のない塀で囲む」+「開口部に止水板を設置できるようにする」という対策で浸水を防ぐ高い効果を期待できます。いわば上記の水防ラインを、建物を囲むよう外部に設置するイメージです。

③復旧する

水害による被災リスクをゼロにはできない、という現実を見据えれば「被災後どのように復旧するか」もまた重要であることがわかります。いわば『不動産におけるレジリエンス(しなやかな回復力)の実装』です。

ここでは特に、水害が致命的な被害となりやすい木造建築におけるレジリエンスのアイデアをご紹介します。

[プラン①:フロアレベルを上げる]

通常GLから40cmほどとなる布基礎の立ち上がりを1.5mにかさ上げしてフロアレベルの高い構造とするプランです。通常であれば床上浸水となってしまう水害を、浸水深1.5m未満であれば床下浸水で止める、というのが目的です。このプランでは、被災後に基礎内の水をどう排水するか、消毒や清掃をどう行うかまでをセットで考える必要があります。

グランドレベルの略。建物などの地盤面の高さを指す。

[プラン②:水害時の浮力への対処アイデア]

「高気密住宅」の場合、水害時に水が内部へ侵入しない分、高い浮力が発生し、浮力で家屋全体が土台から引き剥がされて遠くへ流されてしまうというケースも報告されています。

文科省と大手住宅メーカーはこの種の被害に注目し、浸水時に家屋が浮かび上がっても、(1)水の浸入を防ぐ、(2)基礎を二重構造とし、上部の基礎(ベタ基礎)は浮力が発生するとあえて浮かび上がる構造とする、(3)浮かび上がっても流されないように係留し、水が引けば元の位置に着地する、という独特の構造を持つ「耐水害住宅」を開発、商品化しています。

まとめ

ハード面での水害対策は、地震対策などと比べるとまだ真剣な取り組みが始まったばかりという段階です。今回ご紹介した対策の中にも、まだまだコストと効果のバランスの点で再考の余地が残っているものもあります。

危険度の高い水害が身近なものとなってしまった今、ハード面での水害対策もより身近で導入しやすいものとなっていくことを期待したいところです。


執筆
澤田 秀幸

建築ライター。建築科を卒業後、住宅メーカーの木造大工、大手インテリアメーカーの店舗勤務などを経て、現在はWebメディアを中心にフリーライターとして活動中。