日本財団×渋谷区
公共トイレの進化で街が変わる、人が変わる


公共トイレの進化で街が変わる、人が変わる
(撮影:永禮賢、提供:日本財団)

日本のトイレは世界各国から賞賛されています。では、公共トイレはどうでしょうか。
汚い、暗いといったネガティブな印象を持つ人が多く、利用者も限られている状況です。
この従来の公共トイレのイメージを刷新したのが日本財団と渋谷区による「THE TOKYO TOILET」。
このプロジェクトの背景と概要、そしてその成果について日本財団経営企画広報部ソーシャルイノベーション推進チームの前田佳菜絵氏と佐治香奈氏に話をうかがいました。

「仕方なく利用する」から「行きたくなる」トイレへ

「日常でよく利用するトイレに関するアンケート調査」(国土交通省インターネットモニターアンケート/平成28年度)によると、公園などの公共トイレを利用する人は全体の10%未満でした。その理由として「清潔感がない」「清掃が行き届いていない」「安心して利用できない」等が挙がっています。

「実際、公共トイレはさまざまな人が自由かつ気軽に利用してしかるべき場所なのに、一部の方にしか利用されていません。ユニバーサルデザインになっていないものも多く、障がい者、高齢者には非常に使いづらいのが現状です。そこで“真の公共トイレ、すなわち、性別・年齢・障がいを問わず、誰もが快適に利用できる公共トイレを作っていこう”ということで、渋谷区と連携して始めたのが『THE TOKYO TOILET』でした」とプロジェクトの経緯を語る日本財団の前田氏。また、渋谷区とタッグを組んだのには理由がありました。

「日本財団は渋谷区と2017年に『ソーシャルイノベーションに関する包括連携協定』を締結していました。これはソーシャルイノベーションを起こすべく社会課題の解決を図る先駆的な取り組みを支援していこうというものです。今回もその取り組みの一つとして渋谷区と協議し、区内17カ所の公共トイレをリニューアルしようということになったのです」(前田氏)。プロジェクト開始にあたり、トイレの設計施工は大和ハウス工業、トイレの設備機器の監修をTOTOに依頼しました。

クリエーターNIGO®氏がデザインした【神宮前公衆トイレ】。「THE HOUSE」という名称の通り一軒家のよう。内部は天井が高く換気用ファンを設置。水栓も非接触で使える。
クリエーターNIGO®氏がデザインした【神宮前公衆トイレ】。「THE HOUSE」という名称の通り一軒家のよう。内部は天井が高く換気用ファンを設置。水栓も非接触で使える。

多種多様で個性的な公共トイレが勢揃い

前田氏は「ただ単に公共トイレを改修し、美しく清潔なトイレを作ろうとしたわけではありません」と話します。誰もが安心して使える公共トイレが街に存在することの重要性を全国に発信し、伝えたかった。だからデザインを著名な建築家、デザイナー16名にお願いしたそうです。

「協力いただいた16名の方には、ユニバーサルトイレのブースの設置はお願いしましたが後はお任せです。でも、皆さん、各トイレが抱えていた課題を斬新なアイデアとデザインで解決してくださりました。おかげでどれも外観が美しいだけでなく、機能的なのが魅力です」と佐治氏は話します。

例えば、坂 茂氏がデザインした、「はるのおがわコミュニティパーク」と「代々木深町小公園」の「透明トイレ」。ネットでも話題になりましたが「中がきれいか」「誰か隠れていないか」という入室前の不安を解消すべく、外壁が透明のガラスになっていて入室すると不透明になる仕組みになっています。「通電している状態だと透けて見え、鍵をかけると電気がオフになり中が見えなくなります」(佐治氏)。建築家は街づくり、デザイナーは課題解決に重きを置いてデザインする方が多かったそう。制作者の個性が光り、積極的に使いたくなるトイレが揃いました。

建築家・隈研吾氏が手がけた【鍋島松濤公園トイレ】。森の中に溶け込む集落のようなトイレになっている。
建築家・隈研吾氏が手がけた【鍋島松濤公園トイレ】。森の中に溶け込む集落のようなトイレになっている。
佐藤カズー氏による【七号通り公園トイレ】はボイスコマンド式で手を使わなくても入れるのが大きな特徴。
佐藤カズー氏による【七号通り公園トイレ】はボイスコマンド式で手を使わなくても入れるのが大きな特徴。
【東三丁目公衆トイレ】はプロダクトデザイナー田村奈穂氏による。安全性を考え、アラートカラーに。
【東三丁目公衆トイレ】はプロダクトデザイナー田村奈穂氏による。安全性を考え、アラートカラーに。

長く愛されるためにメンテナンスに力を注ぐ

今回、17カ所のトイレを刷新するにあたり、維持管理にもこだわっています。日本財団、渋谷区、一般財団法人渋谷区観光協会が三者協定を結び、日々の清掃に力を入れています。

「従来、渋谷区の公共トイレの清掃作業は基本的に1日1回、水洗いとブラシがけをする湿式清掃だったのですが、今は1日2~3回、乾拭き中心の乾式清掃です。水を使うより手間も時間もかかりますが、一つひとつ拭き上げる丁寧な作業にすることで建物を傷めず長く使ってもらえると考えてのこと。日常清掃以外にも月に1回、第3者機関にトイレの診断をお願いしています。その診断結果と日々の清掃業務の報告をもとに月次協議会を開き、メンテナンスのやり方の向上にも努めています」と前田氏。

また維持管理に関わる人もプロジェクトにおいて重要な存在と考え、清掃員のユニフォームを制作。デザイン監修はNIGO®さんです。このユニフォームがかっこいいと評判で地域住民に労いの声をかけられたり、「写真を撮ってください」と言われたりすることも増えたそうです。

ほんのわずかなスペースにあるトイレが劇的に変わることで、街全体が変わり、人と人とのコミュニケーションが増えていく。前田氏、佐治氏はそのことを実感しているそうです。

「利用者は確実に増えています。中にはトイレの写真を撮るためにわざわざ訪れ、SNSにアップしてくれる人も多く、公共トイレを身近に感じていただくという入口には立てたと思います。ただ、アートトイレがたくさんできたという広まり方ではなく、今後は公共のものとして大切に使っていこうという意識の醸成をしていきたい。残念なことにまだまだ落書きをされたり、汚されたりすることもあるので」と佐治氏は話します。公共トイレへの意識が醸成されれば、その先にある多様性を受け入れる社会づくりにもつながっていくはずと二人は期待しています。

このプロジェクトに関して他の自治体はもちろん、海外からも問い合わせが相次いでいるそう。品川区では若い建築家を巻き込んでオストメイト対応のトイレを設置といった新たな動きも出てきています。今後、全国的にこうした取り組みが広がっていきそうです。

【西原一丁目公園トイレ】は建築家・坂倉竹之助氏がデザイン。端正な建物前面の通路から各個室へ直接入れる。
【西原一丁目公園トイレ】は建築家・坂倉竹之助氏がデザイン。端正な建物前面の通路から各個室へ直接入れる。
個室は広さを重視、男女兼用で中央はオストメイト対応機器やベビーチェアを備える【西原一丁目公園トイレ】。
個室は広さを重視、男女兼用で中央はオストメイト対応機器やベビーチェアを備える【西原一丁目公園トイレ】。