IT重説の提供方法とトラブル発生ポイント


令和4年5月18日、宅地建物取引業法施行規則の一部が改正施行され、宅地建物取引士の押印廃止のほか重要事項説明書、売買契約書、媒介契約書等の書面の電磁的方法による提供が可能となりました。本編では、ビデオ通話による不動産トラブルを未然に防ぐために、その注意点を述べたいと思います。

IT重説の電磁的方法による交付のポイント

IT重説を実施するためには、第1に、宅建業者の側で電子サインによる署名ができる文書作成環境が必要です。例えば、PDFファイルを編集できるAdobeソフトを導入することで、データ受信側はAdobeソフトがなくても電子サインが可能になります。第2に、ビデオ通話の映像と音声がスムーズであることを確認します。画像や音声が途切れる場合は、説明の途中であっても中断します。第3に、IT重説を実施するためには、「不動産売買契約に係る重要事項説明書等(宅地建物取引業法第35条、第37条に規定する書面)の電磁的方法による交付の同意書」が必要です。同意書に署名欄を配置し、署名したら送信ボタンをクリックしてもらいます。署名欄には、署名した年月日と時刻が刻印され(下記のポイント解説参照)、送受信履歴も記録表示されます。第4に、電子書面の媒体は、「メール」「Webのダウンロード」「CD-ROM」「USBメモリ」「SDカード」等があり、媒介契約書、重要事項説明書、売買契約書には、電子サインを依頼します。重要事項説明の際の添付書類は量が多いため、別途、郵送するか、分割してのメール送信または有料サイトのWebメール等を利用します。郵送を選択した場合は、書類目録に署名欄を配置し、受領時の署名をしてもらうことが大切です。

契約書等の電子書面の印紙税は非課税

令和4年4月1日、国税庁は、電子メールやPDFファイルで送信した場合の契約書にかかる印紙税について、国税庁の「印紙税の手引き」では次のように回答しています。「契約書を複写機でコピーしたもので、署名、押印または証明のないものは、単なる写しにすぎず、契約書とはなりません。また、ファックスや電子メール等により送信する場合には、正本等は送付元に保存され、送付先に交付されていないことから課税文書には該当しません」(「印紙税の手引きP.7」令和4年4月1日国税庁)。つまり、売買契約書、領収書等が電子メール等で提供される場合は、課税文書ではないため印紙税は非課税です。一方、印紙税が課税されるケースとは、契約書等の文書を、直接、相手方に提供した場合および郵送等により相手方に提供した場合、署名押印、証明を伴う課税文書となり、印紙税が課税されます。

通常の実地検分をしなかった買主によるトラブル

IT重説を用いた不動産取引では、契約締結をするための時間をなかなか用意できない人や、売主や買主が遠方にいる場合に、重要事項説明書等を電子書面にして提供することができ、非常に便利になります。また、時間や交通費、印紙代等の節約になりメリットはたくさんあります。しかし、買主が遠隔地であるために十分な内覧をしていない場合は、不動産トラブルが発生しやすいことも事実です。例えば、「隣地に工場があり、機械音が外に漏れている」など、法令基準値未満の騒音においても、買主が通常の実地検分をしていなかったことによる苦情トラブルが起こっています。このため、「契約前に、必ず、周辺環境等については、ご自身の五感で実地にご検分してください」と説明を付け加えることが大切です。

詐欺師が暗躍しやすいビデオ通話での本人確認

平成27年2月に発生した東京都文京区の土地2億5千万円の詐欺事件では、使用された偽造の法人印鑑証明書は、登記官の審査においても偽造が発覚しなかった桐の透かしのある精巧な偽造文書でした。この事件では、有限会社の代表者になりすまし、売主の国民健康保険証、運転免許証、会社の印鑑証明書のすべてを偽造し、わざわざ本社所在地の鹿児島市役所の窓口封筒を取得し、契約時には偽造の法人印鑑証明書をその封筒から取り出すなど、用意周到でした。現行法での本人確認には、「運転免許証、個人番号カード、旅券等、在留カード、特別永住者証明書、運転経歴証明書」が必要ですが、在留カードや特別永住者証明書は両手でカールすると入管(GMO)の文字が浮かび上がる偽造対策があります。しかし、ビデオ画像における運転免許証の確認などでは、光の反射などもあり幾分見づらく、画面を通して偽造の有無を見抜くのは至難の業になります。印鑑証明書は、必ず、モノクロでコピーしてメール送信を依頼します。正本からのコピーであれば、“複写”や“COPY”印が印字されるので、原本確認による本人確認ができます。

相手方に十分な理解ができる説明方法のポイント

不動産売買における重要事項説明は、通常物件でも、1時間を超え、平均2時間程度を要しており、これをビデオ通話で説明した場合、相当量の精神的疲労や目の疲れが相手方に生じると思われます。そして、いったん不動産トラブルが発生すると、「ビデオ通話での1回の説明では十分に理解できませんでした」と言われ、「業者の説明義務違反」が問われる可能性があります。IT重説の重要事項説明では、取引士証を提示した後、第1に「契約不適合になりそうな現況を最初に具体的に説明すること」がポイントです。最初に聞いた説明は印象に残るからです。第2に、「説明の際はできるだけ法律用語を使用せずに、かみ砕いた言葉で説明すること」がポイントです。例えば、「容積率200%です」といっても一般消費者はわからないかもしれませんが、「延べ床面積の上限は敷地面積の2倍以下です」と説明すれば、誰でもわかるでしょう。第3に、ビデオ通話の録画に同意した場合は、トラブルが発生した際の説明不足の証拠として利用される場合もありますので、より丁寧な説明が必要です。

ポイント解説

電子サインは署名欄の下に、署名した年月日と時間が刻印(記録)されます。

メール送受信履歴の記録も添付されるので、後日、どのような方法で署名をしたかを確認することができます。また、署名した書面は、文書の変更ができなくなります。

下のような手書き署名は手書きしたものをスキャンして予め準備しておく必要があります。

電子サイン

津村 重行

不動産コンサルタント

津村 重行

三井のリハウス勤務を経て有限会社津村事務所設立。2001年有限会社エスクローツムラに社名変更。消費者保護を目的とした不動産売買取引の物件調査を主な事業とし、不動産取引におけるトラブルリスク回避を目的に、宅建業法のグレーゾーン解消のための開発文書の発表を行い、研修セミナーや執筆活動等により普及活動を行う。著書に『不動産物件調査入門 実務編』『不動産物件調査入門 取引直前編』(ともに住宅新報出版)など。