相続相談
2022.12.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.21 相続放棄の注意点


Question

私の父は地方に住んでおり、不動産(アパート)と複数の土地(農地)を持っています。
私は都心にいるため、不動産の管理から父の面倒まで、実質的にはすべて兄夫婦が行っています。このため、もし相続が発生した場合は「相続放棄」を検討していますが、考慮すべき点は何かありますでしょうか?

Answer

相続放棄には2種類の方法があります。勝手な思い込みで相続放棄をしたつもりでも、失敗するというケースは少なくないので、事前に調べて家族間でよく話し合うことが必要です。

相続放棄の種類

「相続放棄」には、①事実上の相続放棄②法的な相続放棄があります。

①の場合は、相続人という立場はそのままで、相続権は放棄しません。しかし、相続人全員による遺産分割協議に参加して、自分は何も相続しないという意思表示をするものです。

②の場合は、法律上の相続放棄の手続きをとって、相続権を放棄するということです。その場合、あなたははじめから相続人にならなかったものとみなされます。したがって、遺産分割協議にも参加しなければ、プラスの財産もマイナスの財産もいっさい承継しません。

(注)法律上の「相続を放棄した人」とは、相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に家庭裁判所に相続の放棄の申述をした人のことをいいます。相続の放棄の申述をしないで、事実上、相続により財産を取得しなかった人はこれに該当しません(出典:国税庁No.4132 相続人の範囲と法定相続分https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4132_qa.htm)。

相続放棄の留意点

留意点として、お父様がお亡くなりになった後で多額の借金があることが判明した場合に、②の場合は、相続人ではなくなっているため関係がありませんが、①の場合は、注意が必要です。

①の場合は、遺産分割協議書(図表1)に、たとえ「後日判明した債務については●●●●(お兄様)が承継する」と定めていたとしても、もちろん相続人間でも合意のうえであっても、相続人ではない第三者である債権者に対しては、遺産分割協議書の内容をもって「私には返済義務がない」と主張することはできません。債権者は、各相続人に対し、法定相続分の負担を求めることができるのです。したがって、あなたが遺産分割協議で、いっさい財産を取得しないとして、相続放棄をしたつもりでも、その後に判明したマイナスの財産については、法定相続分に応じて、負担しなければならないことになります。

図表1:遺産分割協議書の記載例

遺産分割協議書とは、相続人全員で遺産をどのように分けるのか話し合った結果が明記された書面のことを指します。法律で義務付けられているものではありませんが、これがない場合、金融資産や不動産などの名義変更ができず、相続手続を進められない可能性があります。

書式は自由であり、手書きでもパソコンでもかまいません。「どの相続人が、どの財産を、どのように引き継ぐのか」を明示することが大切です。また、記載内容に相続人全員が同意していることを証明する直筆の署名と実印の押印が必要です。

遺産分割協議書の記載例
出典:法務局の資料をもとに編集

そうした場合に備えて、たとえば、相続人のうちの1人にマイナスの財産である借金その他の債務をすべて承継させ、プラスの財産は残りの相続人が相続します。その後、債務を承継した相続人は、自己破産の手続きをして債務の免除を受けます。そして、ほとぼりが冷めた頃にほかの相続人からお金をもらうという約束をしておけば……ということも考えられます。

以上のことからもわかるように、①事実上の相続放棄では、立場は相続人のままです。相続人か相続人でないかで、債務を被るか、被らないかが変わってきてしまいます。

もめない相続をするためにも、事前に家族間でよく話し合っておくことをおすすめします。

[補足情報] 相続財産になるもの・ならないもの

被相続人が所有していた財産や負債は、ほとんどが相続財産になります。ただし、一身専属権などは相続財産とみなされません。

■相続される財産

<プラスの財産>
●現金、預貯金 ●有価証券 ●土地、家屋などの不動産 ●貴金属、骨董品、自動車 ●借家や借地の賃借権、著作権、ゴルフ会員権、特許権、損害賠償請求権などの権利 など

<マイナスの財産>
●借金、ローン、クレジットカードの未払い残高、滞納している税金 ●連帯保証の債務 など

■相続されない財産

●個人の権利(扶養請求権・年金受給権・生活保護受給権・身元保証人など) ●個人の資格(運転免許、医師免許など) ●祭祀財産 など

今回のポイント

  • 「相続放棄」には、①事実上の相続放棄②法的な相続放棄がある。
  • 遺産分割協議で相続人全員が合意した場合、債務を特定の相続人が引き継ぐことができる。
  • ただし、相続人間の合意に対外的な効力はなく、債権者から弁済を請求された場合は、本来の相続分に応じた債務を弁済する必要が生じる。
  • ①の事実上の相続放棄では、立場は相続人のままである。相続人か相続人でないかで、債務を被るか、被らないかが変わってくる。

若林昭子

コンパッソ税理士法人
税理士

若林 昭子

大学卒業後、弁護士秘書を経て税理士資格取得。平成15年東京税理士会登録。平成29年から現職。TKC東京都心会会員。(株)山櫻監査役、(一社)日本中小企業経営支援専門家協会理事を務める。