Vol.26 不動産テックによって解決すべき課題と恩恵①
不動産情報の整備と、新しい評価・分析・活用方法の発見
仕事をするうえで、「もしこんなデータがあれば便利なのに」「このデータがあればもっと顧客に寄り添ったサービスが届けられるのに」と、もどかしく思ったことはないでしょうか。不動産業界の生産性を上げるために“不動産テックにできること”を解説します。
■ 課題と恩恵
不動産テックによって解決すべき課題ともたらされる恩恵について紹介します。大別すると下記のようなテーマで新しいサービスや技術が作られていると考えています。
①不動産情報の整備と、新しい評価・分析・活用方法の発見
②都市における暮らしやすさや国際競争力向上につながる技術開発
③空き家や所有者不明土地に代表される使われない不動産の管理や活用
④IoTなどによる家やオフィスなどでの過ごしやすさ向上、空間全般の有効活用
もちろん例外もありますが、さまざまな不動産テックを分類すると上記のいずれか(複数の場合も)に当てはまると思います。全てが重要なテーマですので、日本での取り組みや課題について紹介していきます。
今回はまず、①の不動産情報の整備と、新しい評価・分析・活用方法の発見について取り上げます。
■ 不動産情報の整備が遅れる日本市場でも増える「データ活用」
前回、不動産テックの技術革新の中心にはAI(人工知能)とディープラーニング(深層学習)があることをお伝えしました。
このディープラーニングには膨大なデータが不可欠です。日本は諸外国に比べて不動産に関するデータが少なく、そのことが不動産テック発展の足を引っ張り、不動産ビジネスの成長にも影響していると言われています。
そのような中でも、数少ない情報を活用して新しいデータ活用に取り組んでいるのが「リーウェイズ」(東京渋谷)です。過去10数年間にわたって独自に不動産データを収集し、現在は1億件を超えるビックデータを所有していると公表しています。こうしたビッグデータを元に、不動産価値分析AIクラウドサービス「Gate.」シリーズを開発し、金融機関や不動産会社に提供しています。家賃相場や投資期間を総合的に考えた利回りの計算、賃料下落率、空室率、キャップレートなど、既存の物件評価にとらわれない物件評価方法を提案しています。
実は筆者が経営する「トーラス」も、不動産データに関連した不動産テック企業に分類されて紹介されることがあります。トーラスでは「不動産レーダー」というサービス名で不動産登記を活用した不動産データの活用を行っています(図参照)。
登記簿を見るだけなら、土地や建物の情報の取得に過ぎません。しかし、書いてある情報を集約し、ビッグデータ化することで横串を刺すことができます。そして、ビッグデータから特定エリアのビルやマンションの正確な棟数、名称、物件概要、戸数、面積、持ち主などを抽出すれば、全く新しいデータが得られます。
例えば、「東京と大阪の2つのエリアで合計10筆以上の土地を持つ個人」のように、地域と筆数で必要なデータを絞り込むことができます。また、「ワンルームマンションを10戸以上所有する投資家」のように不動産の種類をキーワードにした情報や、「直近1年間で10,000㎡以上の土地を売却した個人」など不動産の大きさと売買の時期で必要なデータを探すこともできます。登記簿ビッグデータを分析すれば、特定の情報だけをリスト化することができるのです。
活用すれば、登記簿を取得してリスト化するという従来の業務の手間が省けるだけでなく、全く別次元のビジネスも可能になります。読者の皆さんも、「こんなデータはないのだろうか?」とか、「このデータがあればこんなサービスを作れるな」など、頭に浮かぶものがあるのではないでしょうか。ビッグデータによって新しい不動産ビジネスが生まれる可能性を感じていただけるかもしれません。
■ アメリカでは不動産ビッグデータで固定資産税の値下げ交渉
さて、不動産テックの本場アメリカの不動産情報分野についても紹介しておきます。
情報系不動産テックの代表企業が「ジロー」です。不動産マーケットプレイスと呼ばれる彼らのビジネスモデルは、不動産を買いたい人と売りたい人をマッチングさせるものです。掲載される物件数は年間で1億件を超えています。まさに、巨大な物件情報サイトなのですが、その価値を高めたのは「ゼスティメイト」と呼ばれる不動産の価格推定サービスです。
「ゼスティメイト」は、膨大な不動産データをもとにAIで物件価格を推定するサービスです。自宅や所有不動産の売却価格が推定できるため、売却時の参考にする利用者が爆発的に増えました。さらに、自宅の最新価値を確認して、固定資産税の値下げ交渉に使う人も現れるなど、不動産環境すらも変えています。サービス開始直後は「推定価格が正確性に欠ける」という指摘や、「実際よりも安値で売ってしまった」という利用者の声がありましたが、精度は高まっており、実際の成約価格との誤差は平均数%にまで小さくなっています。今では全米最大の不動産ポータルサイトとなり、物件情報や推定価格だけでなく、学区や交通アクセスを数値化して提示するなど、不動産ビジネスにおいてなくてはならない存在になりました。
この「ゼスティメイト」誕生の影には、MLSという不動産流通システムの情報があります。MLSはアメリカの不動産エージェントが所属する協会が運営する仕組みですが、裁判の結果、MLSにある売買や賃貸情報は公開すべきという判断がなされたため、IT企業にも膨大なビッグデータ活用の道が開けたとされています。
とはいえ、日本ではMLSほどの膨大な取引データを得る方法がないため、情報系の不動産テック企業からユニコーン(巨大ベンチャー)が生まれないとも言われています。
データの整備は国の課題ともいえますが、かなり時間がかかると思われます。情報整備への理解を深めるとともに、公的なデータに頼らずとも、新しい情報を生み出す技術革新も求められています。
株式会社トーラス
代表取締役
木村 幹夫
大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。