Vol.27 不動産テックによって解決すべき課題と恩恵②
「DX」をどう解釈するか


不動産テック時代の到来 進む!業界のIT化

仕事をするうえで、「もしこんなデータがあれば便利なのに」「このデータがあればもっと顧客に寄り添ったサービスが届けられるのに」と、もどかしく思ったことはないでしょうか。不動産業界の生産性を上げるために“不動産テックにできること”を解説します。

■ DXにかける予算は……調査に落胆

不動産ビジネスをテクノロジーによって変革する不動産テックについて紹介しています。先日、不動産テック関連のサービスを開発している企業とメディアが中心になって、興味深い調査が公表されていました。

不動産業界のDX推進状況調査(WealthPark、イタンジ、スペースリー、スマサテ、SUMAVE、全国賃貸住宅新聞)によると、DXについて「推進すべきだと思う」は98.4%、「実際に取り組んでいる(いた)・予定」は71.0%と多くの不動産事業者が前向きにとらえていることがわかりました。

「DXに取り組んでいる(いた)」と回答したうち「DXの効果を実感している」は70.7%にも上るようです。現場レベルでDXが浸透し、効果を上げているようで、私はうれしくなりました。しかし、次の項目を見たときに、「うーん」と、思わず考え込んでしまいました。

「DXに取り組んでいる(いた)」という回答者に、DX推進における年間予算を質問したところ、従業員数1~4名の企業では93.1%が、5~10名の企業では85.4%が「100万円以下」と回答。また、従業員数101~500名の企業では約70%が「101万円以上」と回答、従業員数501名以上の企業では「1,001万円以上」が回答の最多を占めました。

非常に幅のある質問形式のため、もう少し詳細を知りたいところもありますが、アンケートを見る限りは多くの企業は社員1人あたり数万円〜数十万円の予算しかDXに充てていないようです。考え込んでしまったというのは、端的にいって、予算があまりにも少なすぎると思ってしまったのです。

■ DXとは単なる省人化ではない

まず、DXとは何かをおさらいします。

DXとはウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授らが提唱した概念といわれています。その定義にはさまざまな解釈が成り立ちますし、教育やインフラなど社会生活に関するものを指すときと、個々のビジネス環境を指す場合でも少し違ってきます。

日本政府(経済産業省)のサイトには「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とあり、ビジネスにおいて目指すべきDXについて、私はこの解釈が最も腑に落ちています。

つまりDXとは、人間がやっていた業務をITなどで効率化するだけではなく、それによって他社よりも優位になるようなものでなければならないと思っているのです。たとえ、今ある業務をより早く、より安く、確実にこなすための不動産テックサービスがあったとしても、他社が同じサービスを使えば同じです。だから、不動産事業者は、サービス導入によって生まれた人材的、資金的な余裕を別の部分に再投資して、他社よりも便利で、ユニークなビジネスを展開し、効率的に稼げる企業になろうとしなければいけないはずです(この点についてはDXという言葉がIT化と同じように使われており、本連載も含めて、もう少し丁寧に扱うべきとも思っています)。

■ 他業種に比べ10分の1以下で企業変革は可能か

DXに関しては、不動産業以外の分野に目を向けるとより理解できます。例えば、日本の製造業においては、工場の省人化のためには中小企業レベルでも数百万円〜数千万円単位の投資を行います。そうすることで、高い利益を稼げる体質に生まれ変わることができるのが、もはや常識になっているからです。

また、あるプロフェッショナルの投資家によると、投資家が企業価値を見定めるときに、人員を減らし合理化が図られているかどうかをとても重視するそうです。そのため、時には、投資先にリストラを要求します。その際に、退職社員に年収2倍以上の割増退職金を払うことも少なくありません。それだけの投資をしても、企業が筋肉質に生まれ変わり、稼ぐことができるようになれば株価は数倍にもなる、投資も十分に取り返せるという判断があるのです。他業種や他の立場から見てみれば、やはり不動産ビジネスにおけるDXは、少なくとも取り組みに対する意識はユルいレベルにとどまっていると思います。

逆にいえばDXには、まだまだ伸びしろがあるとも思います。

こういった議論をすると「DXで全てが片付くわけではない」といった反論も寄せられるようです。確かに、不動産は個別性が強く、現地をよく見る必要があります。“土地のことは土地に聞け”という古い格言は今も有効だと思います。同時に、人間が関わる部分は、省人化できないともいわれます。入居審査や物件情報については顔をつきあわせた、フェイス・トゥ・フェイスな関係性も必要になってきます。

私は人でなければできない仕事があることを否定しません。その上で、DXに本気で取り組むことによって「人間が関わる」ことや「現地に足を運ぶ」ことをもっと明確にしていくことが大切だと思っているのです。

私が経営するトーラスでは膨大な登記簿データを収集して、デジタル情報として企業に提供しています。これを法務局に行かなくてよいサービスと定義するか、それとも登記簿データによって新しい不動産ビジネスを見つけるための基盤的なサービスとして見るかで、活用される企業の業績も変わってくるはずです。

データの整備や技術にあわせた制度の変更だけでなく、不動産ビジネスの前線にいる人々の意識変革こそが、ビジネスの発展における最大の要因になるのは、間違いないように思っています。

DXとIT化は混同されることがあるが、IT化はDXの手段の1つであり、別の概念である。DXはビジネスモデルや事業そのものを変革し、新しい価値を創出することを目指す。
DXとIT化は混同されることがあるが、IT化はDXの手段の1つであり、別の概念である。DXはビジネスモデルや事業そのものを変革し、新しい価値を創出することを目指す。

木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。