Vol.28 現地視察レポート
シンガポールの不動産取引
不動産ビジネスを大きく変革するといわれる「不動産テック」は、まだ全容が計り知れないほど大きな可能性を秘めています。不動産テックによって何が変わるのか、変革の本質を紹介していきます。
■ シンガポールの不動産事情を視察
渡航制限の緩和などがあり、訪日外国人も増えてきました。この機会に、私はシンガポールへ視察に行ってきました。私が経営するトーラスでは、登記簿ビッグデータの研究・活用をしており、データ解析について海外企業との情報交換を頻繁にしているため、シンガポール企業との取引の可能性を探る狙いがありました。また、当社の登記簿データ解析技術を海外の不動産において応用するとすれば、東京23区ほどの面積しかないシンガポールは規模的に何とかなるのではないかとも思っていましたので、一度、現地のリアルな不動産取引について視察したかったのです。今回は、少しだけ、現地の不動産事情を報告します。
■ 合理的な社会システムが発展を促す
シンガポールの法律では、土地に対する「自由に保有する権利」を原則禁止しています。そのため、一定の期間の利用権を認めるリースホールドによる取引が一般的です。こうした売買事例はすべて公表されており、不動産の価値推定は取引事例比較法を用いることが多いようです。「INLIS」という総合土地情報サービスがあり、誰でもアクセスすることができます。
実際の取引では、日本の宅建士にあたるセールスパーソンたちが、売買に関わる実務に携わっています。重要事項説明だけは弁護士が行うそうです。両手仲介はなく、片手仲介のみです。
言うまでもなく、シンガポールは世界最先端の金融セクターとなり、グローバルなマネーが呼び込まれます。しかも相続税などの資産に対する税金がありません。ですから、金融取引で利益を上げても税金がかかりません。資産家を優遇して、積極的に投資マネーを呼び込もうとしていることがわかります。
物価は高く、先述のとおり東京23区ほどの国土しかないため住宅事情が悪く、都心部では家賃50〜60万円くらいでなければファミリー向けの物件は見つからないだろうといわれました。
また、外国人が不動産を購入(長期リース)しようとすれば購入金額の3割ほどのフィーが政府によって課せられます。現地の人によると、シンガポールは資源を持たない小さな国であるため、外国資本を積極的に呼び込むことで、安全保障を強化しているといわれています。外国人の不動産購入についても、一定の条件を課すことでリスクをヘッジしているようです。
日本でも重要土地等調査・規制法が作られ、外国人の土地購入について議論が始まっています。規制の対象となるのは、自衛隊、海上保安庁の施設などの周囲1km以内の土地に加え、領海の基点となる離島などです。「注視区域」に指定された土地は、国が利用状況を調べ、利用中止を命じることができます。また、さらに厳重な「特別注視区域」と指定された土地は、一定面積以上の売買に事前の届け出が必要になります。
新聞報道によると、指定区域の候補とされる土地は、計600カ所以上になるといわれています。
しかし、現在のところ、東京・新宿区内の防衛省周辺は、不動産取引が活発なエリアであるため特別注視区域に指定しない方向といわれています。このように、経済活動に配慮しては法の主旨から外れるという批判があることもうなずける話です。その一方で、不動産ビジネスの面からは経済活動の妨げになる懸念だけでなく、そもそも実際の取引現場においては抜け穴だらけで、実行力に疑問の声が上がっています。私は、いっそシンガポールのように、外国人には高く売るというほうがシンプルで効果的なのではないかと思いました。税金が課せられれば、必然的に政府が外国人の土地購入を把握できます。さらに、すべての不動産取引が公開されているので、市民にも一目瞭然です。こうした合理的な社会システムがシンガポール成長の要因にあるように思いました。
■ 社会基盤を効率化するレグテック
不動産テックはさまざまな社会課題を解決することも期待されています。しかし、数多い社会問題の解決には、テクノロジーだけでなく、規制撤廃やITを基盤にした社会システムの合理化も必要です。古い仕組みからITを前提にした仕組みに変えること全般を指して、「レグテック」といいます。
このレグテック(RegTech)に関連して、今年4月には民法改正と相続土地についての新しい制度が始まります。社会問題化して久しい、所有者不明土地問題を解消するための法改正です。国交省の調査ではすでに、日本の国土の20%以上が所有者不明の状態になっているとされています。
また、4月27日には、相続した土地を手放すことができる相続土地国庫帰属制度が施行されます。一方で、国庫に帰属できるかどうかには審査があり、審査料に加えて、土地管理のための費用が10年分は必要となります。さらに、崖地や特別な管理が必要な土地、境界未画定の土地は対象外です。そして、建物がある場合もこの制度は使えません。
さらに、2024年には相続登記が義務化されます。どちらも実際に所有者不明問題の解消にどれだけの効果が期待できるかは、制度が始まってみないと何とも言えなさそうですが、社会問題を解決するレグテックの1つとして、成り行きが注目されます。
株式会社トーラス
代表取締役
木村 幹夫
大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。