Vol.34 人口減少時代の不動産ビジネス


不動産テック時代の到来 進む!業界のIT化

不動産ビジネスの革新者を迎え、業界の最新動向を探ります。今回は、会員制 多拠点居住のサブスクリプションサービス「wataridori(渡り鳥)」を運営する牧野知弘さん(オラガ総研代表)にお話をうかがいます。(対談:2023年10月上旬、都内)

多様性を受け入れる新大久保の魅力

木村(以下略)
─東京を中心に、全国で大規模な再開発が進んでいます。牧野さんもかつてはデベロッパーで街づくりに関わっていらっしゃいましたが、最近の街づくりを見ていて感じるものはありますか。

牧野氏
新宿の新大久保周辺は、最近特に興味深いエリアです。にぎわっている大通りから一歩路地に足を踏み入れると、異国の文化が融合した魅力的な世界がある。韓国語の「カペ」(カフェ)だけでなく、ネパール、ベトナム、タイ、バングラデシュ、トルコ、チュニジアなど、さまざまな国の料理店や食材店が見られます。角を曲がるたびに新しい発見があり、多文化が交差していて、非常に興味深い場所です。

─新大久保はコリアンタウンという印象がありますが、そんなに多国籍化が進んでいるんですね。誰か仕掛け人がいるのでしょうか。

牧野氏
私の知る限りは、誰かが動いたというより自然発生のようです。屋台グルメの食べ歩きをする若者から、K-Popグッズ目当てのティーンエージャーたちと新大久保に住む外国人たちが隣り合って歩いていて、整理されていない混沌とした魅力があります。かつての原宿みたいな雰囲気もあるかもしれません。目的はなくても歩いていれば、思いがけず何かが見つかるような面白さを感じました。

汐留の凋落(ちょうらく)に見える街づくりの限界

─新大久保のような街づくりはデベロッパーには難しいでしょうね。予想どおりにはいかないから、発見があるわけですから。意図してつくり出そうにも上手くいきません。

牧野氏
そういう意味では2000年代に華々しく街が作られた汐留などは、今はかなりさみしいことになってしまいました。汐留に本社をおく電通などは、リモートワークが定着して3割くらいしか出社しませんし、富士通も2024年9月までに本社を移転すると発表しました。富士通も働き方の変化で、オフィスを縮小するのが移転のきっかけのようです。

─働き方の急速な変化も影響したのでしょう。私も汐留にはめったに行かなくなってしまいましたが、歩いてみると街全体は整っていますよね。なぜ、ここまで急速にゴーストタウン化してしまったのでしょうか。

牧野氏
私も2年間ほどオフィスを構えていたことがあるので、よくわかりますが、汐留は東側に首都高や海岸通り、北側には昭和通り、西側は第一京浜道路、JRの東海道線、京浜東北線、山手線が通っていて、大きな道路や線路によって周辺から分断されているのです。言ってみれば、孤立しているような場所にあって、利用する人は実際以上に心理的な遠さを感じてしまいます。そしてコロナ禍とその後のリモートワークもあって、わざわざ行く用事も激減した。立派なビルをつくって、歩道をきれいに整備して、大企業を何社も誘致すれば街は良くなるわけではないということがわかります。

─当社(トーラス)も街づくりに関する相談を受けます。当社が扱う登記簿ビッグデータをもとに、街づくりのプランニングにおける初期段階のデータ整備をするのですが、いろいろな要素がかかわっていて、街を理解するのは簡単ではありません。最近では携帯キャリアの持つ人流データを使って、人の動きと土地の動きを連動させて何か新しいことができないか模索しています。

牧野氏
汐留を考えると、建築家が考えたきれいな街を実現できてもそれだけではダメで、新大久保を踏まえると、デベロッパーが集めた魅力的なテナントだけでも人は集まらない。従来の街づくりには足りないものがあるのは間違いないわけですから、トーラスが志向するようなデータ活用など、新しいやり方を業界全体が追求してほしいです。

人口減少時代の不動産ビジネスを考える

─牧野さんはデベロッパーを経て独立されてから、執筆活動のほかに自治体や事業会社の不動産活用などのコンサルティングで活躍されていましたが、2020年から日本全国の住宅を借り上げて1カ月単位で貸し出す会員制のプログラム「wataridori(渡り鳥)」を始められました。このタイミングでこの事業を始められたのはなぜでしょうか。

牧野氏
数年前から私も藤沢の自宅に加え、都内にも部屋を借りて2拠点生活を実践しています。これがとても快適です。この経験から、これからは家だけでなく、いろいろな不動産が余っていくのだから、1カ所に留まり続ける必要はないと思ったのが1つのきっかけです。そもそも、日本はすでに人口減少に突入していて、2025年頃からは世帯数も減少すると予想されています。不動産ビジネスがこれまでと同じでやっていけるわけはないので、抜本的に発想を変える必要がある。そこで、考えたのが「wataridori」です。渡り鳥のように季節や気分によって住む場所を気軽に替えられたら、生活は充実するし、それが新しいビジネスになるというわけです。

─ただ家を貸すわけではない点が特徴的ですね。

牧野氏
「wataridori」では趣のある町屋や希少な古民家もあれば、タワーマンションや豪邸も借りることができますから、全く違う生活をしてみる体験もできます。でも、それだけでなく地域とのつながりを感じてほしいと思い、現在では地域ごとに生活プラットフォームを構築する構想をすすめているところです。今夏には東京大学と連携して高知県で地域プラットフォーム創設のための活動プログラムを実施しました。

─事業全体から地域への貢献を意識されていることがわかります。

牧野氏
2014年に「空き家問題」(祥伝社)を出版してから全国の自治体からお声がけいただいて、各地を視察しました。やはり地方は人口が減って、経済も疲弊しています。では、不幸かというと全くそんなことはないんです。どんな田舎にも高度なインフラがあって、美しい自然が残され、多様な文化が根付いている。そして、立派な住宅もある。これを活用して、新しい価値を見つけるお手伝いをしたい。

─住宅を新築したり、売買を仲介したりしなくても、住宅流通に新しい流れをもたらせるというわけですか。明らかに既存の不動産ビジネスに一石を投じていますね。

牧野氏
都会で暮らして、人生の大半を会社で過ごして、70㎡のマンションを買って、往復2時間使って会社に行く。社会が激変する時代に、タワマンを買う以外にもたくさんの幸せがあることを不動産業界からも示してほしいです。

─デベロッパー時代の後輩たちが困りそうですね。

牧野氏
彼らは概念的には理解しているのでしょうが、よくシブい顔をされますよ(笑)。

─やっぱり(笑)。

取材協力

オラガ総研株式会社
代表取締役 牧野 知弘


木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。