Vol.36 不動産ビジネスにおける“糖蜜”の使い方


不動産業界では、日々大量の取引データが生み出されています。その中には、ビジネスに大きな価値をもたらす情報が眠っているかもしれません。データを適切に収集・分析し、活用することが、不動産ビジネスの発展につながります。

️廃棄される宝の山から生まれた海賊の酒

モヒートというカクテルをご存知でしょうか。数年前に大流行したお酒で、ミントとライムをたっぷり入れ、炭酸水で割って飲むのが特徴です。夏にぴったりの爽やかな味わいですが、ベースとなるお酒はラム酒です。

ラム酒はカリブ海諸国が原産の蒸留酒の一種ですが、その起源は意外なところにあり、もともとは砂糖を精製する過程で出る糖蜜という廃棄物を原料にして、製造が始まったそうです。それ以前は、糖蜜は単なる廃棄物扱いだったのですが、ラム酒に生まれ変わることで大きな価値を生み出すようになりました。

ラム酒は味もさることながら、保存性が高いため航海士たちにも愛され、貿易を通じて世界中に広まっていきました。映画や小説の影響で、海賊が飲む酒としても知られています。廃棄されていた糖蜜からお酒を作り出した最初の製造者たちは、原材料費がほとんどかからないラム酒で莫大(ばくだい)な富を築いたことでしょう。まさに、発想の転換が生んだ商機だったといえますね。

不動産ビジネスに眠る宝の山

実は、不動産ビジネスにおいても、ラム酒の原料となった糖蜜のように、見過ごされがちな価値の宝庫があるのをご存知ですか? それが、データなのです。

不動産の取引はデータの宝庫です。たとえば、物件の広さや間取り、築年数、立地などの基本情報から、過去の売買価格、周辺の相場、入居者の属性まで、膨大なデータが日々蓄積されています。

これらのデータを適切に分析・活用することで、不動産ビジネスに大きな付加価値を生み出すことができるのです。たとえば、AIを用いて過去の取引データを解析することで、物件の適正価格を高い精度で予測したり、顧客のニーズに合わせて最適な物件を提案したりすることが可能になります。

また、不動産の管理や運営においても、IoTセンサーを活用して建物の状態をリアルタイムで監視したり、入居者の行動パターンを分析してサービスの改善に役立てたりと、データを活かすことでビジネスの効率化と高度化を図ることができるでしょう。

BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)は、建築物のライフサイクル全体で膨大なデータを管理する革新的な手法です。3次元モデリングソフトで設計、施工、維持管理の生産性を向上させるだけでなく、建物の形状、材料、設備、エネルギー消費量、コストなどあらゆる情報を集約。施工では工程、資材、品質のデータが蓄積され、維持管理では設備の稼働状況、修繕履歴、テナント情報などの運用データが更新されます。BIMは建物に関する貴重なデータの宝庫であり、建設業界だけでなく、不動産開発、設備管理、エネルギー管理、ファシリティマネジメントなど、あらゆる業界に大きな可能性をもたらします。

不動産ビジネスにおいて、データはまさに“廃棄される糖蜜”のような存在です。それを価値ある資源として活用し、新たなビジネスチャンスを創出していくことが、これからの不動産業界に求められる視点ではないでしょうか。データの力を最大限に引き出すことで、不動産ビジネスはさらなる進化を遂げられるはずです。

賃貸住宅の募集家賃収集で不動産ビジネスを変革させるデータ

リーウェイズ(株)(東京・渋谷)が提供する不動産価値分析AIクラウドサービス「Gate.」シリーズは、同社が過去10数年間にわたって地道に収集してきた賃貸住宅の募集家賃データを活用したものです。現在、そのデータ量は2.5億件をはるかに超える膨大なものとなっています。

「Gate.」シリーズでは、このビッグデータを駆使して、物件の適正な家賃相場を算出するだけでなく、投資判断に必要な全期間利回りの計算、賃料下落率、空室率、キャップレートなど、統計データに基づいた投資価値を提供しています。不動産投資家だけでなく、金融機関や不動産デベロッパーなどにも利用は広がっていますが、もともとは物件募集のために公開されていた情報です。それだけでは特に価値がないものですが、長期にわたり大量に集め続けることで、大きな価値を生むようになったのです。特に賃料下落率は非常に重要な指標になり、銀行の融資指標である建物の耐用年数などを変える可能性もあります。

️まず取引データの電子化が重要

筆者が経営する(株)トーラス(東京・中央)でも、不動産登記簿を活用して同様のことを行っています。不動産登記簿は、不動産の所有者情報や権利関係を記録した公的な文書です。通常、不動産取引では所有者情報の確認のために個別に利用されますが、これを大量に集めてデータベース化し、分析することで、不動産市場や金融機関の動向について重要な洞察を得ることができます。

特に、登記簿の一部である乙区には、抵当権などの権利関係が記載されており、複数の登記簿から乙区データを集約することで、金融機関の融資状況や、再開発などの不動産市場の動きを把握することが可能です。このような情報は、不動産ビジネスにおける戦略立案や意思決定に欠かせません。つまり、登記簿は単なる所有者情報の記録ではなく、適切に活用すれば、不動産市場を分析する上で極めて重要なデータソースとなるのです。

不動産業界に携わる皆さん、まずは自社の取引データの電子化から始めてみませんか。それは、データ活用の第一歩となります。集めたデータは、自社のビジネス改善に役立つだけでなく、他の情報と組み合わせることで、新たなビジネスチャンスを引き寄せる可能性を秘めているのです。

実際に、トーラスでは、過去に自社取得した登記簿の活用についても相談を受けることがありますが、その多くで、非常に役立つ活用方法を見つけるお手伝いができています。そのためにもまずは、データの収集が必要です。

ラム酒の原料となる糖蜜のように、不動産業界においても、今は見過ごされがちな情報が、実は大きな可能性を秘めているかもしれません。

自社の取引データを丁寧に収集し、整理していくことは、その第一歩となるでしょう。そして、そのデータを他社や他業界のデータと組み合わせることで、今までにない斬新なアイデアが生まれるかもしれません。


木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。