Vol.38 世界を変革へと導く「生成AI」は不動産ビジネスにどう影響するのか


人工知能(AI)技術の急速な進歩が止まりません。不動産業界にも大きな変革の波が押し寄せてきそうです。最新のAI技術が不動産ビジネスにもたらす影響と可能性について、具体的な事例を交えて探ります。

百花繚乱の大規模言語モデルを採用した生成AI

大規模言語モデル(LLM)を用いた生成AIと呼ばれる技術があらゆる変革をリードしています。

最も有名なのは、OpenAI(米国)のChatGPTです。2022年11月のリリース以来、その自然な対話能力と幅広い知識で世界中に衝撃を与え続けています。2023年3月にはGPT-4がリリースされ、さらに高度な理解力と生成能力を示しています。

一方、Anthropic(アンソロピック、米国)のClaude(クロード、現在はClaude 3)は、より長い文脈理解と倫理的な回答で注目を集めています。多くの専門家がChatGPTをしのぐ性能を持っていると評価しており、特に長文の処理や複雑なタスクの遂行は、他のAIよりも数段すぐれています。日本での利用も増えています。

Google(米国)もGemini(ジェミニ)を発表し、LLM市場に本格参入しました。Geminiは、テキスト、画像、音声、動画など多様なデータを統合的に処理できる点が特徴です。また、これからGメールやGoogleカレンダーなど、既存のGoogleサービスとの連携などの展開ができるようになれば、一気に身近になるでしょう。

さらに、Perplexity(パープレキシティ) AIのようなAI駆動の検索エンジンも登場しています。Googleに在籍していた研究者らが作ったもので、従来の検索エンジンとLLMを組み合わせ、より自然な対話形式で情報を提供してくれます。最新のウェブ情報をリアルタイムで取り込み、それをもとに常に最新の回答を生成できる点が強みです。愛用者は「GoogleやYahoo!で検索することがなくなった」と語っています。実際に使ってみると非常にスムーズで、ググるよりもストレスなく知りたい情報に行き着くことができます。

これらのLLMの進化により、不動産業界でも、より高度な業務の自動化、精密な市場分析、顧客向けにパーソナライズされたサービスが可能になると期待されています。

アメリカ不動産ビジネスでのAI活用事例

デジタル技術の活用が進むアメリカでは、不動産ビジネスに役立つAI活用事例も増えてきました。

Realtor.com(リアルター)は、AIを活用して物件の検索と集客を行うプラットフォームを開発しました。このシステムでは、不動産仲介は迅速かつ効果的に顧客と物件をマッチングさせることができるようです。AIが顧客の検索履歴、好み、行動パターンを分析し、最適な物件を提案。さらに、潜在的な買主や売主を特定し、仲介会社に見込み客情報を提供します。営業活動の効率を大幅に向上させ、成約率を高めることができそうです。

Keyway(キーウェイ)は、商業不動産分野でAIと機械学習を活用し、データ駆動型の取引を迅速に実行するプラットフォームを提供しています。特に医療業界の売主に焦点を当てているようで、賃貸から購入への移行や所有物件の売却プランを提案しています。AIを用いて膨大な市場データを分析し、物件の適正価格を算出して、最適な取引タイミングを提案していると思われます。また、アルゴリズムで取引課程を自動化することで、効率化を目指しているようです。サービス開発元によると、従来は数カ月かかっていた取引を数週間に短縮することが可能になるとしています。

日本でのAI活用事例

筆者の経営するトーラスでも、AI活用を積極的に進めています。数千万件の不動産登記簿ビッグデータをAIで解析することで、市場動向の予測や投資判断の支援ができないか研究しています。たとえば、特定のエリアで不動産事業者による取引が増加した後に、大規模開発が行われることがあります。こうしたパターンをAIが検出し、将来の開発可能性を予測します。また、現在は金融機関の融資傾向を地図上にマッピングすることで、エリアごとの投資活性度を可視化することができていますが、この機能をAIで自動的に見せることができないか構想しています。

このような情報は、投資家やデベロッパー、金融機関にとって、戦略的な意思決定を行う上で貴重な情報になるはずで、さまざまな研究者や開発機関と連携しながら検討を加速しています。

日本でもすでに、大手不動産会社を中心にAI活用が進められています。物件情報を元にしたAI不動産価格査定は多くの企業で取り入れられており、すでに売却価格と成約価格との誤差はほぼなくなりつつあるという声もあります。査定技術がAIで進歩すれば、新たなサービスも生まれるでしょう。

たとえば、企業が所有する不動産の価値を素早く査定できれば、企業の財務健全性も評価しやすくなります。トーラスのもつ登記簿情報データとAI査定を掛け合わせることで、より多角的な視点から経営実態を把握できそうです。

また、企業における不動産の所有状況は、事業戦略や経営方針を理解する上でも重要な手がかりとなります。事業拡大に伴って積極的に不動産を取得している企業と、コストの最適化のために不動産を売却している企業では、経営の方向性が大きく異なります。ある企業が所有する不動産を売却した場合、すぐにその企業が持つ不動産資産の一覧を確認し、次に売却しそうな不動産について、いち早く売却仲介の提案を行うことも可能になります。

さらに、人手不足解消のためにAIによるチャット対応を導入する企業も増えています。こうしたチャット機能は、正直に言えば、まだ決められた単語に反応するだけのものが多く、人間による対応の代替にはなりえていません。しかし、LLMにより文脈を理解しながら、自然な対応ができるサービスも開発が進んでいます。あと1〜2年で、物件広告に対する反響の初期対応はAIが行うようになるかもしれません。

いくつかの実例が示すように、AIの活用は不動産業界に多大な影響を与えています。今後、さらなる技術の進化と普及により、大きな変革が期待できそうです。

AIの導入に伴う課題

さまざまな恩恵の一方で、AIの導入に伴うデータセキュリティやプライバシー保護の問題、さらには従来の専門家の役割変化など、新たな課題も浮上しています。かつて不動産業界は携帯電話を最も早く導入したといわれましたが、その後のインターネット革命では大きく立ち遅れました。そうならないよう、不動産業界全体として課題に適切に対処し、AIがもたらす恩恵を最大限に活用する方向に進んでく必要があります。不動産業界全体でAIについて考える組織も必要になるかもしれません。


木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。