Vol.39 AIは地面師詐欺の抑止力になりうるか
~テクノロジー活用における可能性と課題~
近年起きた「地面師事件」は、不動産業界に大きな衝撃を与えました。不動産取引のプロたちが、なぜだまされてしまったのか。どこかの段階で、詐欺の手口を見抜くことはできなかったのか─。ここで、最新テクノロジーを駆使した詐欺対策の可能性と課題について考察します。
ドラマ「地面師たち」が投げかける重要な問い
動画配信サイトNetflixのドラマ「地面師たち」が話題を呼んでいます。「モテキ」で知られる大根仁さんが監督を手掛け、人気俳優の綾野剛さん、豊川悦司さんらが共演する本作は、100億円規模の不動産詐欺を描く衝撃作です。
「地面師たち」は単なるフィクションではありません。現実社会でも、巧妙な手口による被害が後を絶ちません。2017年の積水ハウス五反田事件※1では55億円もの被害が発生しました。ドラマはこの事件をモチーフに、土地や金を巡る欲望と犯罪者集団の狂気をスタイリッシュに描いています。
私は登記簿を活用したビッグデータサービスを開発・提供しています。そのため、不動産取引のプロであるデベロッパーや司法書士まで手玉に取る詐欺の手口は、非常に興味深く思っており、地面師詐欺の実態と、最新技術を駆使した対策の可能性を探ってみたことがあります。
※1 積水ハウスが地面師グループに約2,000㎡の土地の購入代金をだまし取られた事件。この土地は不動産業界では「売りに出ない」ことで有名な土地だった。
詐欺師が狙うのは「価値ある土地」と「だまされやすい人」
まず、地面師詐欺の特徴を理解することが重要です。私がいくつかの事件記録を検討した結果、地面師たちが狙うのは「価値ある土地」と「だまされやすい人」だとわかりました。価値ある土地とは、高額で取引される物件というだけでなく、真の所有者との連絡が困難な土地も含まれます。たとえば、五反田事件では、所有者の入院という情報が詐欺事件の引き金になりました。また、海外に長期滞在している所有者の物件や、相続手続きが複雑で権利関係が不明確な土地なども、地面師にとって格好のターゲットとなります。
さらに、一時的に駐車場として利用されているような、現在の利用状況と、潜在的な価値の間に大きな開きがある土地も狙われやすいといえます。このような土地は、将来の開発の可能性が高いにもかかわらず、現在の所有者が十分な注意を払っていない可能性があるためです。
つまり、地面師にとっての「価値ある土地」とは、金銭的価値が高いだけでなく、詐欺を働きやすい条件がそろっている物件を指します。彼らはこうした土地の特性を熟知し、巧妙に悪用しているのです。
一方、だまされる側の心理も見逃せません。地面師は巧みに相手の判断力を低下させます。取引を急かしたり、契約場所を突然変更したりして冷静な判断を妨げるのです。大企業でも「良い物件を逃すまい」という焦りから、疑念を抱きつつも取引を進めてしまうことがあります。ドラマで描かれたように、五反田の事件では企業のトップが取引に前向きだったことが、現場のチェックを甘くさせたという指摘もありました。地面師にとって“だまされそう”な取引相手を見つけることもとても重要になるのです。
わずかな違いや異常を見つけるのはAIの得意分野
こうしたことを踏まえたうえで、どういった対策が必要になるかを考えてみましょう。まず、従来の対策には登記簿確認や身分証チェックがありますが、地面師はこれらをすり抜ける術を心得ています。そこで、テクノロジーを活用した新たな対策が可能なのではないでしょうか。
ひとつは、大量の不動産登記簿データを分析して、リスク評価を行うことです。トーラスの登記簿ビッグデータを使えば、土地の所有者がほかにどんな不動産を持っているかを把握できます。「A様は、ほかに大阪市にも土地をお持ちですね」といった質問に答えあぐねるようであれば、危険な兆候です。これだけで、なりすましの可能性を大幅に低減できるでしょう。
また、AIを活用したチェックリストの自動化と高度化も有効かもしれません。人間が見落としがちな細かな矛盾点や不自然さを、AIが高速で検出できる可能性があります。渋谷区富ヶ谷で発生した地面師詐欺事件(被害額6億5,000万円)※2では、所有者が外国籍にもかかわらず、西暦ではなく和暦で生年月日を述べるなど、後から思えば気付けそうなポイントが複数あったようです。こうした微細な相違点を見つけるのは、AIの最も得意とするところです。──余談ですが、Netflix「地面師たち」のオープニング映像には、実際の事件現場が登場していました。気になる方は探してみてください。
さらに、過去の事例からデータベースを構築し、地面師の行動パターンを分析することも考えられます。怪しい取引パターンや共通する手口を抽出し、リアルタイムで警告を発するシステムの構築が可能かもしれません。これまでの詐欺現場を統合すると、地面師たちが次に狙いそうな現場を予想することもできそうです。
これらの技術を統合し、不動産会社向けの「地面師判定サービス」として提供することも一案です。取引の各段階でリアルタイムにリスク評価を行い、危険度に応じた対応策を提示するのです。業界全体で情報を共有し、新たな手口や注意すべき事例について迅速に警告を発することで、被害の拡大を防げるでしょう。
しかし、テクノロジーの活用にも課題があります。システムに過度に依存すれば、人間の警戒心は低下します。テクノロジーはあくまでも補助ツールであり、最終判断は、やはり人間が慎重を期して行う必要があります。
※2 2015年、地面師が渋谷区富ヶ谷の土地約480㎡を所有する台湾在住の地主になりすまし、不動産会社から購入代金をだまし取った事件。
犯罪との戦いは、業界、専門家、法律界の総力戦
継続的な対策の更新と教育も欠かせません。地面師たちは常に新たな手口を編み出すため、テクノロジーによる対策も進化し続ける必要があります。不動産業界で働く人々への教育も重要で、テクノロジーの正しい活用と限界の理解、人間の直感や経験との組み合わせが、より強固な防御線を築くことになるはずです。
興味深いのは、こうした対策が逆に新たな犯罪を生む可能性です。AIによる判定が一般化すれば、犯罪者によってそれをすり抜ける手口が開発されるかもしれません。そのため、セキュリティ専門家と不動産業界、法執行機関の密接で継続的な連携が必要です。
地面師詐欺は単なる金銭的被害にとどまらず、不動産取引への信頼を揺るがす重大問題です。テクノロジーの進化は強力な武器となる可能性を秘めていますが、万能薬ではありません。テクノロジーと人間の知恵を融合させ、業界全体で取り組むことが効果的な対策の鍵となるでしょう。
Netflixドラマ「地面師たち」は娯楽としての魅力にあふれていますが、同時に私たち不動産業界で働く者に重要な問いを投げかけているのかもしれません。
株式会社トーラス
代表取締役
木村 幹夫
大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。