不動産投資は本来、安定的な資産運用の手段ですが、近年では「危ない」といったイメージを持つ人が増えているようです。その要因の1つに、悪質な詐欺事件があるでしょう。今回は、世界第2位の規模を誇る日本の不動産市場における投資の現状と、状況を打破するカギとなる“テクノロジー化”について紹介します。
相次ぐ不動産投資を装った詐欺事件
昨年11月、「2019年4月から2024年5月にかけて、約120人から総額約33億8,000万円の住宅ローンをだまし取る事件があった」と大きく報道されました。この事件で警視庁は、42歳の男性ら3人を詐欺容疑で逮捕。住宅ローンを申請した20代男性についても、詐欺容疑で立件する方針とされています。
手口は巧妙でした。まず犯人グループは、東京・秋葉原や台場で「税金は高いと感じますか」「年金対策はしていますか」といった内容の街頭アンケートを実施し、約6,600人分の個人情報を収集していました。アンケートでは、名前や住所、連絡先といった基本情報に加え、勤務先や収入、持ち家の有無まで記入を求めていたといいます。これは、住宅ローンの審査に通りやすそうな20~30代の若年層や、一定の収入がある人をピンポイントで狙うための情報収集だったと見られます。
犯人グループは、集めた個人情報をもとに、電話や面会で住宅ローン契約を持ちかけます。特に悪質だったのは、投資目的の購入なのに居住用と偽って住宅ローンを組ませている点です。たとえば、20代の男性に「親に一人暮らしを勧められた」などとうそを言わせ、住民票まで一時的に移動させて、居住実態があるように見せかけたようです。この手口で神奈川県内の金融機関から2,890万円をだまし取りました。融資額から物件購入額を差し引いた約2,000万円は、逮捕された犯人グループ内で分配されていたということです。
データ活用で不動産投資は正常化できるか
路上アンケートで情報を集めるという大胆な手法にも驚きますが、金融機関が実体以上に高い住宅ローン融資を何度も実行してしまっている点にも驚きました。
本来金融機関は、住宅ローン審査において、物件価値の妥当性や借り手の返済能力を慎重に審査するはずです。しかし、この事件では投資目的の購入を居住用と偽り、物件価格を実体よりも高く見せかけ、本来なら通らないはずの金額の融資が実行されてしまいました。報道を見る限りは、金融機関の審査体制にも課題があったと言わざるをえません。
住宅金融支援機構による「2023年度 住宅ローン貸出動向調査」を見ると、この背景には金融機関の審査体制の構造的な歪みがあるようにも思います。調査では、金融機関は借り手の返済能力審査については「返済負担率」(71.8%)や「職種、勤務先、雇用形態」(46.8%)を重視するなど、人的信用力の審査を厳格化しています。
しかし、物件価値の評価については、中古住宅の場合、戸建て(81.7%)、マンション(79.6%)ともに「経過年数に基づく画一的な評価」が主流で、物件の個別性や品質の違いを十分に考慮していません。つまり、担保評価が形式的なものにとどまっているようにも見えます。
このアンバランスな審査体制が、今回のような詐欺的な取引の抜け穴となった可能性があるのではないでしょうか。調査では、金融機関は「金利競争に伴う利鞘(りざや)縮小」(92.4%)といった収益面のリスクには高い関心を示す一方、「担保価値の下落」への懸念はわずか21.3%にとどまります。この姿勢が、物件価値の水増しや不適切な担保評価を見抜けない要因となっているようです。
現在、金融機関のデジタル化は着実に進んでいます。「インターネットを使った事前審査」は62.2%、「電子契約」は23.6%の金融機関が導入するなど、手続きの効率化が進められています。しかし、本当に求められているのは、AIやビッグデータを活用した客観的な物件評価システムではないでしょうか。形式的な担保評価から、物件の実態を正確に反映した評価体制への転換が、健全な不動産市場には欠かせないと考えられます。
実際、新しい動きも出てきています。独自に不動産データを収集・分析することで、物件の適正な家賃相場はもちろん、全期間の利回り計算、賃料下落率、空室率、キャップレートなど、統計データに基づいた本質的な「投資価値」を算出できる不動産テックサービスが登場しています。こうしたサービスでは、これまでよりも簡単に、長期にわたる不動産の価値を予想することができます。
しかし、住宅金融支援機構の調査によると、金融機関の大半は、まだ従来型の担保評価手法に頼っているのが実態です。中古住宅の担保評価で、物件の維持管理状態や経年劣化の状況まで考慮しているのは、戸建てでわずか18.3%、マンションで20.4%に過ぎません。
裏を返せば、もっと柔軟で合理的な融資評価ができる余地はたくさんあるということです。テクノロジーを活用した新しい評価手法を取り入れることで、物件の真の価値を見極め、適切な融資判断ができる可能性が広がっているのです。
テクノロジーで広がる投資の可能性
データを活用した投資判断の可能性は、これからさらに広がっていきそうです。筆者が経営するトーラスでも、登記簿情報をビッグデータとして解析し、不動産情報を視覚的にわかりやすく示す取り組みを進めています。また、人々の移動パターンを示す人流データなど、さまざまな情報を組み合わせて物件の価値を評価する、新しい手法の研究も続けています。
日本の不動産市場の規模は2,500兆円と、アメリカに次ぐ世界第2位の規模を誇ります。しかし、年間の不動産投資額はわずか30~40兆円程度。書店には不動産投資の解説本が数多く並んでいますが、実際に不動産投資を行っている人は320万人ほどで、日本の総人口のわずか2.5%に過ぎません。日本の建築技術は世界最高水準であり、不動産価格も国際的に見ると割安とされるなか、この投資家の少なさは意外な数字と言えるでしょう。
この状況を変えるカギとなるのが、データの活用と可視化です。投資家だけでなく、金融機関を含めた市場参加者全体に、投資や不動産の価値判断に必要な情報がわかりやすく提供されれば、より多くの人が安心して不動産に投資できるようになるかもしれません。
ただし、データはあくまでも判断材料の1つです。投資を成功させるためには、契約書の細部まで注意深く確認し、必要に応じて専門家に相談することが欠かせません。テクノロジーは投資をより安全にするための道具ですが、最終的な判断は投資家自身が下す必要があります。それは、データやテクノロジーに頼りすぎることのリスクを理解した上での、バランスの取れた投資判断が求められるということです。
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株式会社トーラス
代表取締役
木村 幹夫
大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。