住宅販売のキーポイントとなる「モデルルーム」が変わりつつあります。テクノロジーの進化、働き方の変化、中古住宅への移行など、さまざまな要因が作り出した新しいモデルルームで、不動産業界はどのような変化を遂げていくのでしょうか。
テクノロジーが切り拓く新時代 「見せる」ことの力
人は目で見て、触れて、体験することで納得する──。消費行動の基本原理は古今東西変わりません。19世紀後半、パリやロンドンで発展したデパートは、ショーウィンドウを駆使して商品の魅力を演出し、「ウィンドウショッピング」という新たな消費文化を生み出したといわれています。
このような「見せる」マーケティングの発展のなかで、日本の住宅販売においても同様の展開がありました。特に大きな買い物となる住宅購入においては、完成前の物件を具体的にイメージできる「モデルルーム」が、購入の決め手として不可欠な要素となりました。
日本の住宅販売とモデルルームの発展
日本の不動産業界において、モデルルームは1970年代後半に生まれて発展してきたようです。マイホームを探す人にとって、内装や設備、間取りなどを実物大で体験できるこの販売手法は、住宅購入における意思決定とそのプロセスを大きく変えました。
特に新築マンション市場においては、物件が完成する前にモデルルームを見ることができるのは大きなメリットです。訪れることが購入検討の第一歩として定着し、住宅展示場やモデルルームめぐりは、マイホーム購入を夢見る家族の週末の風景になっています。まさに「百聞は一見にしかず」の原則が具現化されたといえるでしょう。
中古への移行と人手不足で仮想へシフト
長らく続いたリアル・モデルルームですが、最近は仮想モデルルームが増えつつあります。マンション販売大手の三井不動産レジデンシャルは「三井のすまい 日本橋サロン」を2023年末にリニューアルオープンし、大型LEDビジョンと実物展示を活用したバーチャル体験型の販売手法を導入しました。
こうした常設のバーチャル体験型モデルルームのメリットは、何といってもコストが安いこと。プロジェクトごとに新規のモデルルームを用意する場合、テナント賃料や工事費用、撤去費用が発生しました。しかし、LEDタイプならばCGを作成するだけなので、コストが大幅に抑えられます。
また、人手不足や働き方改革も少なからず影響しています。複数のモデルルームに人を配置するよりも、販売担当者を常設型のモデルルームに集約したほうが販売効率は高まります。
さらに、中古マンション市場でも大きなメリットになるでしょう。2024年の首都圏新築マンション市場においては、供給戸数が前年比14.4%減の23,003戸と、1973年以来最少となりました。ここ数年、首都圏の市場では新築よりも中古マンションのほうが売買数が多くなっており、入居中物件でもすぐに内覧を実施できるバーチャル技術の重要性は増しそうです。こうしたCGモデルルームを活用すれば、居住中の物件でもイメージがつかめるようになり、新築時に作ったCGは、マーケティングツールとして長く使うことができます。
VRとGIS技術が切り拓く新たな販売手法
さらに、VR※モデルルーム技術はGIS(地理情報システム)技術との組み合わせにより、より高度な不動産情報の可視化が可能になるかもしれません。地図上で特定のエリアを指定すれば、その範囲内にある販売中不動産の詳細情報をデータ化し、視覚的に表示できます。たとえば、特定エリアのハザードマップや生活利便性に関わる情報を表示して、そこからスムーズに物件内部までバーチャルで見ることができるようになれば、より具体的な内覧体験が可能になります。
ほんの10数年前までは、物件の位置や周辺環境を把握するために実際に現地を訪れる必要がありましたが、現在はGoogleストリートビューの普及により、現地に行かずともエリアの雰囲気や建物の状態をかなり細かく理解できるようになりました。これらと同じように、バーチャルと地図テクノロジーの進化は、不動産ビジネスを大きく変えるのではないでしょうか。
※バーチャル・リアリティ。コンピューターで作り出した仮想空間を現実のように体験できる技術。
AIが変える販売体験-カメラ購入相談からみる未来-
先日、知人がカメラを購入する際に「AIに相談した」と聞いて驚きました。「小型で持ち歩きやすく、撮影技術がなくても手軽に撮れて、SNS映えするエモい写真が撮れるカメラを○万円以内で」と条件を出したところ、即座に具体的な回答が返ってきたそうです。
AI:「FUJIFILMX100Vが最適です。コンパクトで操作が簡単、特にクラシックネガモードでSNS映えする写真が撮れます。予算を抑えるならRICOHGRIIIxもおすすめです」。
品薄状況や代替機種、防水機能について追加質問すると、「X-E4かX100VI、または防滴性能のあるソニーRX100VII」と、状況を受けてさらに的確な選択肢を提示してくれ、どちらにしようか悩んでいると「ご用途ならX-E4が最適です。画質良好で持ち運びやすく、撮影技術が高まれば将来的に交換レンズで表現の幅を広げられます」と販売員さん顔負けの適格なアドバイスが瞬時に帰ってきたといいます。しかも、相手が人間ではないので気軽になんでも質問することができ、「エモい写真が撮りたい」といった、ちょっと恥ずかしい相談も心おきなくできます。
とはいえ、実物を手に取る感覚や、人間ならではの経験に基づくアドバイスの価値が下がるわけではありません。住宅販売において、販売員がいらなくなるとは限りません。しかし、初期の情報収集や選択肢の絞り込みといった段階では、AIが販売プロセスの重要な部分を担うようになるのは間違いないでしょう。先述した人手不足もあって、従来よりも少ない人数で販売できる仕組みが導入されることは目に見えています。
われわれの買い物体験は、モデルルームの進化とともに、大きな転換点に立っているのかもしれません。
バーチャルとリアルの融合
住宅販売の領域は急速にバーチャル空間へ移行しつつあります。しかし、完全なバーチャル化ではなく、デジタルとリアルを融合させた新たな体験価値の創造が進んでいるともとらえられます。具体的には、VRゴーグルを装着して物件内を自由に歩き回るシステムに加え、床材や壁紙などの実物サンプルに触れられる展示です。さらに大型スクリーンによる街並みシミュレーションを組み合わせることで、より臨場感のある住まいのイメージを提供する取り組みです。
19世紀のショーウィンドウから始まった「見せる」マーケティングは、21世紀のバーチャル技術によって、新たな進化の段階へ向かっているようです。

株式会社トーラス
代表取締役
木村 幹夫
大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。