Vol.43 外国資本による日本不動産取得と透明性の課題

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外国資本による不動産購入に対する規制のなさが、国会やメディアで問題提起されるようになって久しくたちます。外国人の不動産取得への対応は諸外国でも懸案事項になっていますが、他国と日本では何が違うのでしょうか。

中国語習得が不動産業界の成功への近道

先日、ある不動産関係者が「今は中国語を勉強することが不動産業界で成功する近道になりつつある」と言っていました。巨大な中国マネーを当て込んで、中国語を習得すれば、より多くの投資家とつながれるというわけです。おそらくこれは誇張ではないでしょう。実際、日本に限らず、ニューヨークやロンドン、ドバイやバンクーバーといった不動産バブルの中心地でも、同様の傾向が見られるようです。経済の強さは、言語の需要によって証明されるのかもしれません。

実は、40年近く前の日本経済バブルのころには、世界中のビジネスパーソンがジャパンマネーを狙って、こぞって日本語を学んでいました。1989年のバブル絶頂期、三菱地所はロックフェラーセンターを、ソニーはコロンビア映画を買収しました。これを受けてアメリカ社会は「アメリカの心を日本に売ってしまった」と反発。ジャパン・バッシングが世界中に広がりましたが、覚えている人は少なくなってきたでしょうか。あれから30余年後、今度は日本が“買われる 側”に回っています。円安、低金利、人口減により、世界中の資本が「割安な日本不動産」に群がっています。北海道から九州、東京の高級マンションまで、外資による購入はもはや特別なニュースではありません。

日本と諸外国の外資不動産対策

もちろん、日本政府もまったくの無策、無警戒というわけではありません。2021年には「重要土地等調査法」が成立し、防衛施設や国境離島の周辺など一定のエリアで、外国人等の土地取得について届出を義務付ける制度が導入されました。しかし、この法律の適用範囲は極めて限定的であり、どれほどの実効性があるのか明確ではありません。

コロナ禍で世界のマネー総量は大幅に増加しました。そのマネーの行き先として、世界主要都市の不動産に資金が流れ込んでいます。外国資本による不動産購入への対応は世界中で懸案事項になっています。

ニュージーランドでは、2018年から外国人による既存住宅購入が原則禁止されました。住宅価格急騰により現地市民が購入困難となったためです。シンガポールでは、2023年に外国人に課す追加印紙税を30%から最大60%まで大幅に引き上げました。オーストラリアは外国投資審査委員会による事前承認制で、外国人は原則新築のみ購入可能とし、2025年から中古住宅購入の特例を少なくとも2年間禁止しています。カナダは2023年から外国人の住宅購入を原則禁止し、当初2年の時限措置を2027年1月1日まで延長しました。アメリカでは連邦レベルの包括規制はありませんが、フロリダ州が2023年に中国など「懸念国」国籍者の不動産購入制限法を施行しました。ただし、憲法違反との訴訟も起きており、規制と自由権のせめぎ合いが続いています。

このように、各国はそれぞれの事情に応じて、制度的に明確な対応を取っています。規制の方法は、「購入の原則禁止」「事前許可制」「追加課税」「対象エリアの限定」「実質的所有者の登録制度」などさまざまですが、いずれも共通しているのは、「誰が土地を所有しているのか」を把握し、制度として可視化する仕組みを整えているという点です。

日本の根本的課題は透明性の欠如

日本でも、外国人による不動産取得をめぐる議論がなされています。しかし、最大の課題は、日本には法人の背後にいる「実質的所有者(UBO)」を把握する制度が存在しないことだと思っています。特別目的会社(SPC)を通じて不動産を購入すれば、登記簿上の所有者は法人名義にとどまり、誰が最終的にその資産を保有しているのかはわかりません。税務情報、登記情報、金融口座情報がそれぞれ分断されており、横断的に資本の流れを追跡することができないからです。

トーラスが所有する登記簿ビッグデータを活用すれば、外国に本拠地を置く日本不動産の所有者を、ある程度特定することができます。たとえば、東京都港区内のとあるマンションでは、半数近くが外国に拠点をおく法人が所有しているというケースもあります。法人の場合は、商業登記と組み合わせることでさらに詳細な分析も可能です。しかし、これらは限られたデータでの、限られた分析に過ぎません。現時点では「見えない所有者」のままでも購入が可能な制度が続いているからです。

透明性確保が議論の出発点

外国資本による不動産購入の規制強化を求める声がある一方で、自由な投資環境を守るべきだという意見もあります。そもそも自分の不動産を高く買ってくれる人に売りたいのは当然で、買主の国籍などで制限するのは憲法で保障された財産権の侵害にあたるという意見も根強く存在します。

しかし、そうした議論の前提として、まずは「誰に、どこが、どのように所有されているのか」という透明性を確保することが出発点になるべきではないでしょうか。30余年前、アメリカは「アメリカの心を売った」と怒りました。今の日本は、怒るどころか、自国の制度が「誰に売っているのか」すら把握していないのです。日本の不動産業界にはデータが不足していると指摘されてきましたが、実はこれは、国家レベルでの情報管理の不全なのかもしれません。

国土交通省の「令和2年度 海外投資家アンケート調査業務」によると、日本の不動産投資市場のうち34%が外国人投資家によるものだった。

木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。