Vol.44 スマートフォン市場の停滞と次世代デバイスの台頭

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2007年にiPhoneが登場してから約18年。スマートフォンは私たちの生活に欠かせないデバイスとなりましたが、いま、その市場に大きな変化の兆しが見えています。
今回は、スマートフォン市場の現状と次世代デバイスとして注目される「スマートグラス」の機能、課題、将来性、そして不動産業界での活用法をご紹介します。

スマートフォン市場の現在地

2024年のスマートフォン市場は、2年連続の減少から4%成長※1で回復したものの、2023年は過去10年で最低水準を記録。成長の鈍化は明らかです。こうした停滞の背景には、技術革新の限界、市場の飽和、そして消費者の買い替えサイクルの延長があります。実際に私の周囲でも1〜2年で買い換える人はかなり少なくなり、3〜4年は使い続ける傾向が強まっています。

※1 Counterpoint Researchの調査結果より

技術的な観点から見ても、スマートフォンは成熟期に入っています。ディスプレイの解像度はすでに人間の視覚能力の限界に近く、プロセッサーの性能向上も一般的な用途では体感しにくいレベルに達しています。AI機能の搭載が新たな差別化要因として期待されていますが、これらの機能も多くはネット上で機能するクラウドベースで、デバイス固有の価値を生み出しにくいのが現状です。

次世代デバイス「スマートグラス」の登場

一方で、全く新しいカテゴリーのデバイスが注目を集めています。それがメガネ型の端末である「スマートグラス」です。

2024年、スマートグラス市場は前年比210%という驚異的な成長を遂げ、初めて出荷数200万台を突破しました。その牽引役(けんいんやく)となったのが「META×Ray-Banスマートグラス」です。単なる技術実験ではなく、日常使いできる製品として100万台を超える販売実績を記録し、次世代デバイスの可能性を大きく広げました。

私も海外在住の友人からプレゼントされ、さっそく使っています。ただし、日本では未発売モデルのため、特例制度を申請しての使用です。

新たなフロンティアとしての可能性

META×Ray-Banのコラボレーションが成功した理由は、技術とファッションの絶妙な融合にあるように思います。従来のスマートグラスが、デザインは二の次の「テクノロジーガジェット」として認識されがちだったのに対し、Ray-Ban Metaは「おしゃれなサングラス」として自然に日常に溶け込むデザインを実現しました。

Ray-Banという100年近い歴史を持つブランドの信頼性と、Metaの最先端技術が組み合わさることで、テクノロジー機器に対する抵抗感を大幅に軽減しました。結果として、2024年に100万台を超える販売を記録したのです。

機能面では、ハンズフリーでの写真や動画撮影、音声体験が支持されています。従来のスマートフォンでは、写真を撮るためにデバイスを取り出し、カメラアプリを起動し、構図を決める必要がありました。スマートグラスなら、「写真を撮って」という音声指示一つで瞬間を記録できます。画質もよく、SNSなどで簡単にシェアすることもできます。

実際に使ってみると、メモ書きを記録したり、食事を撮影したりが非常に便利になります。ほんのわずかな違いですが、一度体験すると、スマートグラスがないときはずいぶん手間のように感じてしまうほど、生活になじんできます。

音楽再生機能も画期的です。イヤホンを装着することなく、周囲の音を聞きながら音楽を楽しめるオープンイヤー設計により、安全性と利便性を両立しています。これにより、ランニングや散歩中の音楽体験が変わります。

AIの進化

以上のように、Ray-Ban Metaはデザインと基本的なカメラ機能およびオーディオ機能を重視していますが、スマートグラスの最大の可能性は、AI統合にあります。MetaAIが搭載されたRay-Ban Metaでは、音声コマンドによる情報検索、リアルタイム翻訳、写真の自動整理などが可能です。

将来的には、視覚AI支援により、ユーザーが見ているものを認識し、コンテキストに応じた情報提供が期待されています。たとえば、レストランのメニューを見ながら、翻訳やカロリー情報を知ることができるようになるでしょう※2

※2 記事執筆時点で、日本国内ではAI機能は制限されています。

AR(拡張現実)とVR(仮想現実)の統合

また、ARディスプレイ技術の統合も期待されます。実現すれば、地図情報の視野内表示、リアルタイムでの言語翻訳、ナビゲーション情報の重畳表示※3など、現実世界に情報を重ね合わせる体験が得られます。

※3 現実の風景にCGなどのデジタル情報を重ねて表示する技術。AR技術でよく用いられる。

不動産業界での活用法

スマートグラスとAI、AR/VR技術は、不動産業界にも大きな利便性をもたらす可能性があります。AI統合により、物件内覧時にリアルタイムでの情報提供や家具配置の提案が可能となり、AR技術で地図や周辺施設情報を視覚化できるようになるかもしれません。

管理人や住民が装着したスマートグラスの動画をシェアすれば、建物や設備の故障箇所の特定が遠隔地からも容易になり、不動産管理が従来よりも低コストになりそうです。

「常に持ち歩く」から「常に身に着ける」への移行は、デバイスとユーザーの関係性を根本から変えます。スマートフォンは意識的に使用するデバイスですが、スマートグラスは無意識のうちに情報を提供する「ambient computing(環境コンピューティング)」の実現に近づきます。

この変化により、情報取得のタイミングや方法が劇的に変わる可能性があります。必要なときに必要な情報が自然に提供される世界では、従来の「アプリを開いて情報を探す」という行動パターン自体が古いものになるかもしれません。

今後の課題はプライバシー問題

さて、このスマートグラスの最大の課題は、プライバシーへの懸念です。常時装着可能なカメラとマイクは、無断撮影や盗聴への不安を引き起こします。公共の場での使用に対する不安を解消するには、技術的な解決策と社会的なルール作りの両方が必要です。

META社のMark Zuckerberg氏は「われわれは基本的にこのカテゴリーを発明し、競合他社はまだ現れていない。今は広いオープンフィールドがある」と述べており、この市場の現状と可能性を端的に表現しています。

おそらくは、次の5年間で、スマートグラスが日常的なデバイスとして定着するかどうかが決まると思います。

META×Ray-Banスマートグラス
(出典:metaホームページ)
META×Ray-Banスマートグラス(出典:metaホームページ)

木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビックデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビックデータを構築し、不動産ビックデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学、客員教授。