Vol.48 ファーストタイムバイヤーが住宅市場に果たす役割と各国の住宅政策

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世界中で住宅価格の高騰が続いています。その影響を最も深刻に受けているのが、初めて家を買おうとする若い世代です。支援策を打ち出す国は多いですが、焼け石に水という声も聞かれます。ファーストタイムバイヤー(初回住宅購入者)が住宅市場に果たす役割は大きく、そこが滞っている現在の状況は住宅市場に世界共通の課題をもたらしています。

住宅市場を動かすべき「初回住宅購入者」の役割

アメリカの不動産業界では、ファーストタイムバイヤーは「市場の新しい血」と呼ばれることがあります。賃貸から持ち家へと移行する彼らが、いわばハシゴの一番下の段を踏み出すことで、住宅市場全体に連鎖が生まれます。スターターホームを購入した若い世帯がいれば、売主は次の物件へと引っ越せます。その売主の動きがさらに別の誰かの住み替えを可能にします。こうした連鎖があることで、市場全体に流動性が生まれるというわけです。

逆にいえば、ファーストタイムバイヤーだけが市場の外から新鮮な資金と需要を注入できる存在といえるかもしれません。この入口が詰まると、連鎖全体が止まります。近年、各国でその「詰まり」が深刻になっています。

各国でいま何が起きているか

アメリカでは、全米不動産協会(NAR)の2025年調査によると、初回購入者の市場シェアは21%と、1981年の調査開始以来の最低を更新しました。初めて家を買う年齢の中央値は40歳に達しています。背景にあるのは住宅ローン金利の高止まりだけではありません。コロナ禍に超低金利でローンを組んだ既存の所有者が、高金利の今に買い換えをすると損をするため物件を手放さない「ロックイン効果」が流通量を絞り込んでいるようです。バイデン政権が打ち出した税額控除や頭金補助はいずれも議会を通過できず、トランプ政権はゾーニング規制の緩和など供給側のアプローチに転換しましたが、即効性は見えていません。

韓国では、独自の賃貸制度「チョンセ」の崩壊が若者の住宅事情を直撃しました。チョンセとは、月々の家賃の代わりに高額の保証金を一括で預ける制度ですが、不動産価格の下落局面で保証金を返還できない「チョンセ詐欺」が相次ぎ、累計の政府認定被害者は3万5,000人超に上っています。制度への信頼が失墜し、月額賃貸への移行が進む中で、頭金を貯める余裕はさらに失われています。ソウルの30代世帯主の持ち家率は25.8%と過去最低を記録しました。政府は若者世帯向けに低金利の政策ローンを用意していますが、対象物件の上限額はソウルにおけるマンション平均価格の半分にも届かず、急速な価格上昇に追いつけていないのが実情です。

欧州でも事情は変わりません。英国は、2013年から10年間にわたりファーストタイムバイヤー向けの購入支援制度「Help to Buy」を運営しましたが、「新築価格を人為的に押し上げ、大手デベロッパーの利益になっただけ」との批判を受け、2023年に終了しました。フランスは、無利子ローン(PTZ)を拡充してほぼ全国民に適用範囲を広げましたが、パリの住宅価格は過去最高レベルにあり、焼け石に水という声は消えていません。スペインでは、政府が18~35歳向けに月額250ユーロの家賃補助を実施しているものの、申請から支給まで数カ月を要することも多く、住宅価格は前年比10%超で上昇を続けています。

なぜ対策は効かないのか

各国の取り組みを見渡すと、共通の構造的問題が浮かび上がります。需要側への補助金は、供給が増えなければ価格上昇として吸収されてしまうという点です。政策が発表されてから実施されるまでに時間がかかることで、住宅価格は先に動いてしまいます。また、外国人による住宅購入を禁止したカナダやオーストラリアのように、政策的にはわかりやすい対策でも、外国人の購入シェアはもともと数%程度にすぎず、根本的な供給不足には対処できていません。

問題の本質は「建てる量が足りない」という一点に帰着します。しかしゾーニング規制の改革や建設許可の迅速化といった供給側の施策は、効果が出るまでに時間がかかり、既存の所有者の利害とも衝突するため、政治的に最も実現が難しいのです。

民間の知恵が生んだ新サービス

政府の対策が追いつかない中、民間では住宅危機に対応した新たなビジネスモデルが生まれています。

スペインのスタートアップ「Habitacion.com(アビタシオン・ドット・コム)」は、マンションの個室を一室単位で販売するという、これまでにないアプローチで注目を集めています。価格は最高8万ユーロ(約1,300万円)程度で、同じ立地のワンルームマンションの3分の1以下。2024年には200室を販売し、3万2,000人超の待機リストを抱えるほどの人気です。同国の過去10年間での不動産価格の上昇率は81%に対し、平均月給の上昇はわずか26%。「人々が必要としているのは、従来に比べてずっと狭い生活スペースと、はるかに手頃な価格だ」と創業者はメディアの取材に答えています。

アメリカでは「PadSplit(パッドスプリット)」が、一戸建てを複数の個室に分割して低所得の働き手向けに週単位で貸し出すコリビングマーケットプレイスを展開しています。家具・光熱費・Wi-Fi込みで平均月額729ドルと市場家賃の中央値の約3分の1に抑え、最低クレジットスコアの要件もありません。2025年1月時点で21市場に16,500室以上を展開し、入居者の87%が以前より貯蓄が増えたと回答しています。スペインのサービスが「買う」という選択肢を分割するのに対し、PadSplitは「借りながら頭金を貯める」踏み台を提供するものです。

両サービスに共通するのは、「フルでは手が届かないなら、分割・共有で入口を作る」という発想です。これは、住宅取得の間口を広げる現実的な試みとして評価する声がある一方、格差が拡大して若者がどんどん貧しくなっているという声もあります。

ファーストタイムバイヤーの問題は、住宅市場だけの話ではありません。持ち家取得の遅れは、結婚や出産のタイミングにも影響を与えます。市場の入口が世代をまたいでふさがれていく構造は、少子化や資産格差の固定化とも深く結びついています。住宅政策とは、突き詰めれば世代間の利害をどう調整するか、という問いに行き着くのかもしれません。


木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビッグデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビッグデータを構築し、不動産ビッグデータ、AIを元にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。