Vol.50 説得ではなく実力行使―
テック企業が不動産業界を”乗っ取る”時代
「ソフトを売る」から「会社ごと買う」へ

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不動産DXは長らく「業務効率化ツールの導入」として語られてきました。しかし、世界で起きているのは、もっと荒っぽい話です。テック企業はもはや、変化の遅い業界を説得することをやめ始めています。会社、物件、そして人材を、丸ごと買いにきているのです。今回は、欧米のテック企業が不動産業界を変えつつある大胆な手法を紹介し、日本への影響を考えてみます。

欧米企業で進む、発想の転換

不動産に限らず、古い業界に新しいシステムを導入してもらうのは、骨の折れる仕事です。経営者を説得し、予算を確保してもらい、現場の反発を抑え、長年使ってきた業務の流れを組み替える――。この一連のプロセスに、テック企業は膨大な営業コストと時間を費やしてきました。

そこで一部の企業は発想を変えました。「動かない会社を変えるより、自分たちが会社そのものを手に入れた方が早い」。あるファンド経営者は、米国のスタートアップについて「消費者から強く支持されるサービスは、既存の業界規範と衝突してでも巨大化していく」と指摘します。説得ではなく、実力行使。欧米で進む変化は、この一言に集約できます。そのやり方は3つに大別できそうです。

3つの「実力行使」
―会社を買う、物件を買う、人を買う―

第一は「会社を買う」やり方です。英国の不動産AI企業Dwellyは約280億円という大型の資金調達を行い、小規模な賃貸仲介・管理会社を相次いで買収しています。買収後は契約や家賃回収、修繕対応を自社の共通システムに載せ替え、AIで業務を作り直します。ソフトを外販するのではなく、経営権を取得して自分たちの手で改革するのです。

ここで注目すべきは、彼らが何を買っているかです。彼らが欲しいのは会社ではなく、大家との管理契約、入居者との接点、地域で積み上げた営業網、そして長年蓄積された物件データです。

不動産管理会社の本当の資産はここにある、と彼らは見ています。

第二は「物件を買う」やり方です。米国のiBuyerと呼ばれる企業群は、査定システムを仲介会社に売るのではなく、自らのバランスシートで住宅を買い取り、再販する当事者になりました。こちらに関しては、住宅市況の変動で大きな損失を出して撤退した大手もあり、単純な成功物語とは言えません。

しかし重要なのは成否ではなく、テック企業が取引を外から支援する存在ではなく、取引主体そのものになったという構造変化です。仲介という仕組みを効率化するのではなく、仲介を破壊してしまおうとした点に注目しました。

第三は「人を買う」やり方です。米コンパスは自社開発の営業支援ツールと好待遇を武器に、他社の有力エージェントを大量に引き寄せて成長しました。仲介業では、顧客と営業ネットワークを持つ人材こそが企業価値の中核です。つまり会社を買収しなくても、人を動かせば事実上マーケットシェアを買えるということです。人材を抜かれた既存会社は、看板だけを残して中身が空洞化していきます。

会社を買う、物件を買う、人を買う。手段は異なりますが、共通するのは、動かない既存事業者を説得するのではなく、経営権・資産・人材を直接取りにいくという姿勢です。

第四の武器は「情報を無料にすること」

もう1つ、買収とは違う形の圧力があります。米Zillowは住宅の推定価格を無料で公開し、業者しか持っていなかった相場観を消費者の手に渡しました。情報の非対称性で成り立っていた商売は、情報が開放された瞬間に価値の根拠を失います。

日本でも、物件情報の囲い込みは長年、議論されてきました。「日本にもZillowが来れば終わり」という単純な話ではありませんが、囲い込んだ情報の上に座る事業モデルが恒久的に安泰だと考える根拠も、また乏しいと言えるのかもしれません。

もっとも、これらのモデルがそのまま日本に持ち込まれるとは限りません。宅建業法の枠組み、媒介制度、報酬体系は米英と大きく異なります。エージェントが個人事業主として独立している米国と違い、日本の営業担当者は雇用された会社員であり、人材の流動性は限定的です。住宅が投資資産として流通する米国に対し、日本の住宅は消費財に近く、データへのアクセスも制度も違います。海外の再編劇が日本で再現されなかったのには、それなりの構造的理由があるのです。

ロールアップなら日本の方が向いている

ただし、1つだけ例外があります。「会社を買う」やり方です。日本の不動産業界は小規模事業者が多く、市場も地域ごとに細分化されています。しかも経営者の高齢化と後継者不足は、すでに業界全体の構造問題です。

子が継がず、社内にも後継候補がいない。廃業すれば管理契約や顧客基盤は散逸してしまう。そう考えれば、会社の売却は経営者にとって、事業と従業員、取引先を守る合理的な出口になり得ます。

買収する側から見れば、これから大量の「売り物」が市場に出てくるということです。

働き手の問題もあります。家賃督促、入居者対応、修繕手配といった賃貸管理は、今なお労働集約的です。しかし生産年齢人口が減る日本では、人を増やして業務を回す前提そのものが崩れつつあります。

人が採れないなら、システムやAIに置き換えるしかありません。ロールアップは、買収した複数の会社に共通システムを導入し、業務を一気に標準化・効率化する手法でもあります。

人手不足が深刻な市場ほど、その効果は大きくなります。特に賃貸管理会社は相性がいい。管理戸数1,000戸、2,000戸、5,000戸……そこには毎月の管理収入だけでなく、大家との長期的な関係、地域のオーナーネットワーク、物件・入居者・修繕履歴といったデータが蓄積されています。

これらはAIや業務システムを組み合わせることで、収益性を大きく高められる「眠った資産」です。

資金面でも、日本の金利は国際的にはなお低く、円安によって海外投資家から見た日本企業の価格も相対的に安く映ります。

つまり話は、「DXに遅れた会社が競争に負ける」だけではありません。後継者がいない、人が採れない、そして、外から見れば割安である。この3つが重なる日本の不動産会社は、DXを進めた企業や投資家にとって、格好の買収対象になる可能性があります。

数年以内には、こうした会社を束ねてAIで収益性を高める「不動産ロールアップ企業」が、日本でも本格的に現れてくる気がします。

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木村 幹夫

株式会社トーラス
株式会社トーラス
代表取締役

木村 幹夫

大学卒業後、東京大学EMP修了。三井住友銀行にて富裕層開拓、IT企画部門にてビッグデータを戦略的に活用した営業推進、社内情報系システムの大部分をWebシステムで刷新するなど、大幅なコスト削減と開発スピードアップを実現。2003年に株式会社トーラス設立。登記簿を集約したビッグデータを構築し、不動産ビッグデータ、AIを基にしたマーケティング支援を行う。MIT(米国マサチューセッツ工科大学)コンテストなど受賞実績多数。東京大学協力研究員。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。