労務相談
2022.11.14

Vol.12 入社一時金(サインオンボーナス)の返還を求めることは可能か


Question

弊社では入社時にサインオンボーナスとして100万円を支給していますが、この度、試用期間中(入社日より3カ月間)の者が自己都合退職となりました。そこで入社時に支給した一時金を返金させたいと思いますが可能でしょうか。なお、内定通知書、雇用契約書および就業規則では、返金について一切触れておりません。

Answer

入社一時金の返還請求については、支給額が高額であったり、返済免除期間が長期であったりすると、労働を強制することになるような不当な拘束手段であると判断され、労基法5条(強制労働の禁止)、同16条(賠償予定の禁止)に反し無効となる場合があります。

はじめに

優秀な人材を採用するための手段の1つとして、入社祝金、入社支度金、サインオンボーナス(サイニングボーナス)などを支給する企業が増えていますが、入社して数カ月後に退職してしまうなど悩ましい事案も発生しているようです。企業によっては支給した一時金の返還を求めることがあるようなので、法的な問題点について解説します。

入社一時金は賃金か

入社時に支給される一時金の名称や趣旨はさまざまです。祝金として数万円を支給したり、支度金として引越費用相当額を支給したりするものもあれば、数百万円単位の高額なものも見受けられます。

祝金・支度金等で数万円程度の支給であれば福利厚生とも解されますが、ご相談のケースのように50万円、100万円といった高額である場合、前払い賃金としての性格を有するものと考えます。

賃金ということになれば、入社から一定期間内に自己都合退職をした際に全額返還させるという点で疑問が生じます。前払い賃金であれば既往労働分については、返還する必要がないからです。

日本ポラロイド事件判決

入社一時金の返還請求について争われた「日本ポラロイド事件(東京地判平成15.3.31)」では、入社時に200万円のサイニングボーナスを支給するものの、1年以内に自発的に退職した場合は、当該一時金を返還させるという条件付きでの支給となっていました。

入社半年が経過しないうちに自発的退職をする者が発生したため、会社が返還を求めたところ、退職者がこれに応じなかったことから、会社が提訴するに至りました。

本判決では、「これらの規定(労基法5条、16条)の趣旨は、労働者の足止めや身分的従属を回避して、労働者の不当な人身拘束を防止しようとするところにあると解される。したがって、暴行、脅迫、監禁といった物理的手段のほか、労働者に労務提供に先行して経済的給付を与え、一定期間労働しない場合は当該給付を返還する等の約定を締結し、一定期間の労働関係の下に拘束するという、いわゆる経済的足止め策も、その経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を定める約定の内容に照らし、それが当該労働者の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるときは、労働基準法5条、16条に反し、当該給付の返還を求める約定は、同法13条、民法90条により無効であるというのが相当である」としています。

●労基法第5条(強制労働の禁止)

使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。

●労基法第13条(この法律違反の契約)

この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。

●労基法第16条(賠償予定の禁止)

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

●民法90条(公序良俗)

公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

リファラル手当の返還請求

人材採用の手法としてリファラル採用があります。リファラル採用とは、自社の社員の紹介を通して人材を採用する手法のことで、今では多くの企業で導入されておりますが、採用・入社に至った際には、紹介者となった社員に対し、紹介報酬としてリファラル手当を支給する場合があります。

こちらについても、入社者(被紹介者)が一定期間内に自発的理由により退職した場合、支給額の一部または全部の返還を求めるケースがありますが、内容によっては入社一時金同様、労基法5条、同16条違反となる可能性は否定できません。

研修・留学費用等の返還請求

研修・留学費用や資格取得補助金等の返還請求も問題になるところです。

これらについても労基法5条、同16条違反となるか否かで争うものとなりますが、返還請求が違法とならないためには、費用の支給が返還を要する「貸し付け」であることを書面等で明確にしておく必要があります。つまり、雇用契約に基づいて支給された賃金、福利厚生費等ではなく、労働者の自由意思による留学・研修制度の利用であって、当該制度利用に伴い発生した「金銭消費貸借契約」に基づき支給・貸与されたものである必要があります。

留学費用について争われた「みずほ証券事件(東京地判令和3.2.10)」では、会社の返還請求が認められましたが、ここでのポイントは、単に金銭消費貸借契約を締結しておけばよいということではなく、当該留学への参加の任意性・自発性、業務との関係性(業務上の必要性)、復職後3年を超えて勤務した場合は免除するなどの返還免除基準の合理性、返済額・方式の合理性などを総合的に勘案したうえで違法であるか否かを判断されるということです。

【違法性の判断ポイント】

・労働契約とは別の金銭消費貸借契約の有無
・研修・留学参加への任意性・自発性
・研修・留学等の業務上の必要性
・返還免除基準の合理性
・返済額・方式の合理性

おわりに

入社一時金については、支給額や支給目的によって取り扱いが異なるものとなりますが、前述した裁判例にもあるとおり、労働を強制することになるような不当な拘束手段・経済的足止め策であると判断された場合は労基法違反となりますので、返還を求める際は慎重に行う必要があります。

私見ですが、入社一時金にせよリファラル手当にせよ、当初から一定期間経過後に一時金として支給すればよいのではないでしょうか。


野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所パートナー社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在はパートナー社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。