労務相談
2023.03.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.16 メンタルヘルス休職者への対応


Question

メンタル不調にて休職中の社員が、体調が回復してきたので復職したいと言っています。本人が言うように復職させてよいものでしょうか。

Answer

復職に際しては、主治医の診断書だけで判断するのではなく、業務が遂行できる状態にまで気力・体力・職務遂行能力が回復しているかを確認する必要があります。そのためには、復職前に生活リズム表を提出させたり、リワークプログラム・試し出勤を実施したりするなど、十分な情報収集と能力評価をしたうえで復職の可否を決定します。

多様な視点

メンタル不調者から診断書が提出されると、どうしても病名(疾病性)に注目してしまいますが、留意すべきは事例性です。事例性とは、仕事の能率が低下した、上司の指示に従わない、遅刻・欠勤が多い、離席時間が長い、就業規則を守れないなど、現に職場で発生しているトラブル・事実のことであり、これを認識することが重要です。

たとえば、統合失調症を患っているAさんとBさんがいるとします。Aさんは幻聴があるせいか、時々独り言や独り笑いをしています。Bさんは被害妄想が強いせいか、上司や同僚とのトラブルが絶えない状況です。同じ病名ではありますが、Aさんは静観していても問題なく、Bさんには企業対応が求められます。つまり、疾病があるから介入が必要なのではなく、トラブルを起こしているという事例性があれば、積極的な介入を要します。

家族への連絡と協力依頼

職場トラブルを起こしている社員が医療機関の受診を拒む場合は、家族に連絡することを検討します。特に1人暮らしであったり、健康な状態ではないと自覚していなかったりする社員が受診する場合、家族が大きな役割を担います。

家族と連携を図ろうにも、家族がいなかったり、疎遠になっていたりする場合があります。また、家族との連絡が可能であっても、それまでの本人と家族との関係から本人が望まない場合もあります。家族が関わることで本人の状態にさまざまな影響を与えることもありますので、家族と連絡をとる際は、本人の同意を得たうえで行います。ただし、社員自身や他人を傷つける可能性が非常に高い場合は、この限りではありません。

会社からの突然の連絡により、社員にメンタル不調があることを伝えられると、家族としては会社が原因で病気になったのではないかと考えるかもしれませんので、職場での状況を丁寧に伝え、会社としても本人を心配していることを理解していただき、家族からも受診を勧めていただくようお願いするとよいでしょう。

治癒とは

精神疾患における「治癒」には、安定、寛解、治癒、完治などさまざまですが、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したときを治癒と解すべきです。ほぼ治癒したが従前の職務を遂行するまで回復していない場合には、復職は権利として認められないものといえます。復職可否の判断の目安は「8割程度の仕上がり」とされていますが、それは「症状の改善度」ではなく、「業務遂行能力の回復度」を意味します。

職場復帰レベルとは

図表1のとおり、日常生活レベル・復職検討レベル・職務遂行レベルと段階的に回復していきますが、病気の回復過程において、回復期は調子が良い日と悪い日の波があることから、調子の悪い日でも出社できる程度の状態になったら復職を検討します。規則正しい生活リズムになっていること、日中は外出して過ごす体力が回復していること、通勤電車に乗れること、読書やパソコン作業などを集中してできること、人間関係においてある程度接触が可能であることなど、毎日出社して軽減業務程度ができるレベル・状態であることが求められますが、主治医の中には寛解(日常生活レベル)でも復職可能とする診断書を出す医師がいるので、診断書だけで判断するのは危険です。この点について、「こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト」(厚生労働省)でも、主治医により職場復帰可能の判断がなされたら、すぐに職場復帰を決定するのではなく、実際に業務遂行できる状態であるかどうか、十分な情報収集と評価を実施したうえで、最終的な復職のタイミングはあせらず、総合的に判断をして決定するように指導しています。

図表1 回復レベルと復職基準の関係

回復レベルと復職基準の関係

復職判断に際し確認すべきこと

主治医からの職場復帰可能との簡易な診断書を受けて復職を認めている企業も多いと思われますが、月1回程度の診療では、休職者(患者)が職務に耐えうる状態にまで回復したのかどうかを判断することは不可能ですので、事業主が直接、回復度合いを確認する必要があります(図表2)。

図表2

判断基準の例 (職場復帰支援の手引き)

  • ・ 労働者が十分な意欲を示している
  • ・ 通勤時間帯に1人で安全に通勤ができる
  • ・ 決まった勤務日、時間に就労が継続して可能である
  • ・ 業務に必要な作業ができる
  • ・ 作業による疲労が翌日までに十分回復する
  • ・ 適切な睡眠覚醒リズムが整っている、昼間に眠気がない
  • ・ 業務遂行に必要な注意力・集中力が回復している

そのためには、復職前最低2週間以上について、「生活リズム表」の作成を求めたり、試し・慣らし出勤を実施したり、リワークプログラム(都道府県産業保健推進センター、地域産業保健センター)への参加を命じたりするなど、気力、体力、職務遂行能力等が十分に回復しているのかについて、休職者自身に証明させることが肝要です。※復職可能な状態にあることを主張・立証する責任は休職者自身にあります。

おわりに

復職する前に休職者と主治医に対し、会社が求める復職基準を明確にしておくことが重要です。日常生活ができるレベルではなく、仕事が問題なくできるレベル(一定の負荷がかかっても問題なくできるレベル)が復職基準であることを休職期間の早い時期に伝えておくとよいでしょう。職場復帰可否については、個々のケースに応じて総合的な判断が必要であり、労働者の業務遂行能力が完全に改善していないことも考慮し、職場の受け入れ制度や体制と組み合わせながら決定する必要があります。


野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所パートナー社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在はパートナー社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。