労務相談
2024.05.14
不動産お役立ちQ&A

Vol.30 法的に有効となる定額残業制とは


Question

定額残業制の導入を検討していますが、裁判等で争っているということも耳にします。法的に問題のない制度とするための、ポイントや留意点をご教示ください。

Answer

定額残業制を有効なものとするためには、①制度について労働条件通知書・雇用契約書で個別に明示・説明すること、②就業規則・賃金規程等で制度について規定したうえで、給与明細・賃金台帳等で区分すること、③定額残業代を超える時間外労働等が発生した場合には、その都度精算すること、などが求められます。

はじめに

近年、多くの企業で定額残業制が導入されています。これ自体が直ちに労働基準法に反するものではありませんが、不適切な運用により、裁判等で違法と判断される事例があることから、定額残業制の運用および割増賃金の適切な支払いについて解説します。

定額残業制とは

定額残業制、固定残業制、みなし残業制など呼称はさまざまですが、時間外労働等の有無にかかわらず一定額、一定時間分の割増賃金額を毎月固定的に支給する仕組みという点では同じものとなります。また、支給方法は大きく2つに分けられます。

①組込型

1つ目は、基本給などの月次固定額に一定の残業代を組み込んだものです。たとえば、月次基本給に20時間分の割増賃金が含まれている、または月次固定給(基本給・諸手当等)のうち5万円が割増賃金相当額であるといったものであり、組込型と称します。

②手当型

2つ目は、みなし手当、定額残業手当、固定残業給といった名称で、基本給や他手当とは明確に区分して支給するものであり、手当型と称します。

組込型、手当型いずれも認められているものではありますが、トラブルになりにくいという点では手当型をお勧めします。

定額残業の有効性

定額残業制を法的に有効・合法な制度とするためには、以下の条件を満たす必要があります。

①対価性

定額残業制の採用につき、労働者との間で合意を得ていることが前提となります。賃金規程等で定額残業制について規定し周知することはもちろんのこと、労働条件通知書・雇用契約書や給与明細書等で個別に「割増賃金に当たる部分」を明示することが求められます。昨今は、求人募集時の労働条件においても同様の明示が求められます。

②明確区分性

基本給等の定めにつき、「通常の労働時間(所定労働時間)の賃金に当たる部分」と定額残業手当等の「割増賃金に当たる部分」とを判別できることが求められています。この点、行政通達(平成29年7月31日基監発0731第27号)では、時間外労働、休日労働および深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について、相当する時間外労働等の時間数または金額を書面等で明示するなどして、明確に区分されているか確認すること、としています。

③差額精算

さらに同通達では、定額残業手当等の「割増賃金に当たる部分」の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた(労基法37条等の方法により算定した)割増賃金の額を下回るときは、その差額を所定の賃金支払日に支払わなければならず、使用者が個々の労働者の日々の労働時間を適正に把握しているかを確認することとしています。

なお、差額・超過分の精算は毎月行うことが基本となります(毎月払いの原則)。よって、年俸額に年360時間・月平均30時間分の割増賃金を含むとした雇用契約を締結した場合でも、月30時間を超過した時間外労働時間が発生した場合には、賃金計算期間ごとに超過時間分を精算する必要があります。

前月の時間外労働が20時間、今月の時間外労働が40時間である場合、2カ月を平均すれば月30時間となりますが、40時間の時間外労働が発生した月については、10時間分の超過割増賃金を支給する必要があります。

おわりに

定額残業制を適法なものとするためには、対価性、明確区分性、差額精算といった条件をクリアする必要がありますが、差額精算を行うためには、対象労働者の日々の労働時間について適正に把握する必要があります。定額残業制を理由に、労働時間の把握・管理をしなくてよいということにはならないので、ご注意ください。

なお、月80時間、100時間といったみなし残業時間数を設定することは、長時間・過重労働を助長することになりかねません。裁判等で争った場合、使用者の姿勢が疑問視され、不適切・違法と判断される可能性が高まりますので、当該制度を導入する際は、36協定の原則的な上限時間とされている月45時間以内にするなど、常識的な範囲内で設定することをお勧めします。

最後に、新卒者に対し定額残業制を適用する際の留意点を挙げます。昨今の最低賃金額の上昇により、時間単価が最低賃金額を下回っている企業を見かけることがありますので、毎年ご確認ください(図表)。

図表:時間単価の算出方法

①組込型の例

月次固定額40万円(基本給、役職給、定額残業20時間分の合計額)、月平均所定労働時間数160時間である場合

計算式 : 400,000円÷185(160+20×1.25)時間=2,162.16円・・・時間単価

定額残業20時間分 : 2,162円×1.25×20時間=約54,050円

②手当型の例

基本給20万円、資格手当5万円、定額残業手当5万円、月平均所定労働時間数160時間である場合

計算式 : 250,000円÷160=1,562.5円・・・時間単価

時間外単価 : 1,562.5円×1.25=1,953.12円

定額残業手当の相当時間数 : 50,000円÷1,953.12円=25.6時間(時間外25時間相当)

③時間単価が最低賃金額を下回る例

月次固定額20万円(基本給、定額残業20時間分の合計額)、月平均所定労働時間数160時間である場合

計算式 : 200,000円÷185時間(160+20×1.25)=1,081.08円・・・時間単価
※令和5年度東京都最低賃金1,113円


野田 好伸

社会保険労務士法人
大野事務所代表社員

野田 好伸
(特定社会保険労務士)

大学卒業後、社労士法人ユアサイドに入所し社労士としての基本を身に付ける。その後6年の勤務を経て、2004年4月に大野事務所に入所する。現在は代表社員として事務所運営を担いながら、人事労務相談、人事制度設計コンサルティングおよびIPO支援を中心とした労務診断(労務デュー・デリジェンス)に従事する。